かなで・たけお/米カーネギーメロン大学・ワイタカー冠全学教授。1945年生まれ。京大で工学博士号を取得、80年に渡米。以降、カーネギーメロン大で一貫してコンピュータービジョンを研究。2009年のブルース・ウィリス主演SF映画『サロゲート』に本人役で出演したことも。(写真:ヒラオカスタジオ)

1995年、1人の日本人が開発をリードした自動運転車が、米国東海岸のピッツバーグから西海岸のサンディエゴまでの4500キロメートルを走破した。デモの名は「No Hands Across America」(手放しで米国横断)。そんな“離れ業”を成し遂げたのが、ロボット研究の名門、米カーネギーメロン大学の金出武雄教授だ。

京都大学で世界初の、コンピューターによる人間の顔認識システムに関する博士論文を書き上げた後、渡米。以降35年以上にわたってコンピュータービジョン(画像処理・画像認識)とロボットの研究に没頭してきた世界的な研究者である。AI(人工知能)が発達した現代社会をどう見つめているのだろうか。

──米国横断の偉業から20年以上を経て、自動運転がようやく現実のものになろうとしています。

「Navlab」という名前で自動運転車の研究を始めたのが86年だから、もう30年以上。私は当時から自動運転はすぐにでも実現できると思っていました。

当時のプロポーザル(研究計画書)を見返すと、87年に道路のレーンマークに沿って走り、89年に一般道で人や車を認識し、91年には完全自動運転、今でいう「レベル5」が完成すると書いてある。今思えばそうとう楽観的。資金の出し手だった米国防総省傘下のDARPA(国防高等研究計画局)もよく認めてくれたなと思います(笑)。

京大時代に、講義で初めてAIという言葉を聞きました。アラン・チューリングなどコンピューターサイエンスの先駆者たちの本を読み、AIの概念が実現することは何の不思議でもないことを知り、信念となりました。当然です。人の知能は結局コンピュテーション、つまり情報処理なのですから。

──とはいえ、自動運転が実用化の議論にたどり着くまで、長い年月がかかりました。

理論上は可能でも、技術的に実現するのは思ったより難しかったことが大きい。