のもと ひろふみ/1947年福岡県生まれ。県立京都高校卒。早稲田大学卒業後、東急電鉄に入社。11年に同社社長、15年東急グループ代表に就任。東京商工会議所副会長などを歴任。在学中に友人と車で日本一周。[写真]建築家の安藤忠雄氏に作ってもらった記念パネルは、大事な宝物だ(撮影:尾形文繁)

東急電鉄会長の野本弘文氏が夢と希望を抱いて上京し、早稲田大学の理工学部に入学したのは1967年4月のこと。ちょうど本部キャンパスから大久保キャンパス(現・西早稲田キャンパス)への全面移転が完了した年だった。

「ものを作るのが好きだったので、建築の分野に進むことも考えていましたが、建物の設計よりももっと幅広くいろんなことができるのではないかと思い、土木科を選びました。実は建築に必要なデッサンが苦手だったんですけど」

入学時に第2外国語としてフランス語を選択した。

「ドイツ語よりも既修者が少ないだろうと思ってフランス語を選んだのですが、1年生のときのクラスの50名のうち、なんと35名が高校でフランス語を習った早稲田大学高等学院出身者。初めから差をつけられてしまいました」

当初の思惑は外れたが劣等感はなかったという。というのも、授業では特別難しいことをやっていたわけではなく、十分についていけたからだ。それよりも思い出に残っているのは友人ができたことだという。

「九州から上京したばかりで知り合いがいなかったのですが、都内在住の友人がたくさんできたおかげで家に泊まらせてもらい、貴重な体験ができました」

早稲田大学時代は交友関係が広がる充実した4年間だった。