日本経済のマーケットデザイン
日本経済のマーケットデザイン(スティーヴン・K・ヴォーゲル 著/上原裕美子 訳/日本経済新聞出版社/2400円+税/313ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Steven K. Vogel●カリフォルニア大学でPh.D.(政治学)取得。ジャパンタイムズ記者などを経て、現在カリフォルニア大学バークリー校教授。専門は先進工業国、とくに日本の政治経済。邦訳された著書に『規制大国日本のジレンマ 改革はいかになされるか』『新・日本の時代』など。

市場に委ねてはダメ 必要なのはガバナンス

評者 北海道大学大学院教授 橋本 努

バブル崩壊後の1990年代、日本の政界や財界のリーダーたちは、それまで日本経済を支えた経済の慣行に疑問の目を向けた。日本は米国型の自由市場モデルへと抜本的に舵を切るべきではないか。「規制を緩和して日本経済を刺激すべし」という言説が世論を席巻した。

だが本書は、そもそも「自由な市場」と「規制された市場」を区別する発想それ自体が誤りで、市場経済は米国型を含めてすべて社会に埋め込まれているのだという。

規制を緩和するといっても実際には別の種類のガバナンスに置き換えるにすぎない。市場改革は解体ではなく構築の企てであり、そのような視点で捉えれば政府当局はもっとうまく政策全体の舵を取ることができるし、ビジネスリーダーたちも賢い戦略を採ることができる、というのが本書の主張である。

市場を「規制」対「競争」という単純な図式で捉えると、競争を促すための規制の重要性が見えなくなる。例えば情報革命のためには、複雑なオークションや金融派生商品のための市場を作りこむ必要があるが、これが見えない。日本政府はこれまで、低料金で高品質のブロードバンド・ネットワークを実現してきた。ところがIT関連機器で日本の製造業の衰退を防ぐことはできなかった。ビジネス向けソフトウエアや検索エンジンなどで、米国の覇権に挑むこともできなかった。

対立軸は「政府」対「市場」にあるのではなく、「株主」対「経営陣」、「大企業」対「中小企業」、「サービス提供者」対「消費者」など、問題状況に応じてさまざまに変化する。

市場経済を発展させるためには、こうした利害対立を調整するためのガバナンスがむしろ必要となる。「市場に委ねる」とか「市場の力に頼る」とかいう言葉で規制緩和策を導くのではなく、「市場を創出する」とか「市場を強化する」とかいう言葉で能動的に関与していく姿勢が求められると指摘する。

私たちは往々にして米国経済を自由市場として捉えがちだが、本書は戦後米国の経済ガバナンスを包括的に整理して、これを日本のケースと比較した点に魅力がある。

かつてカール・ポランニーは、19世紀後半以降の資本主義市場が社会全体から離床したと指摘したが、実際には「市場の埋め込みのやり直し」が行われたにすぎないのであり、晩年のポランニーはそれを認める視点に達していたとの指摘も興味深い。