辺野古の埋め立て工事はすでに始まっている(朝日新聞社/ 時事通信フォト)

普天間飛行場移設問題解決への道は険しい。辺野古への移設工事が始まる中、反対運動も激しさを増している。2月24日に県民投票が予定されているが、これで解決するわけではない。

なぜ、この問題が長引いているのか。経済学と認知科学を統合した行動ファイナンス理論で有名な米国の行動経済学者、ダニエル・カーネマン(1934〜)の「プロスペクト理論」を基に考えてみよう。

危険すぎる普天間基地

まず過去を振り返っておく。

1995年、米兵による少女暴行事件が発生。県民の基地反対運動が高まり、住宅地のど真ん中にある普天間基地の移設は日米の大きな政治課題に浮上した。

翌年、米政府は、沖縄県内に代替施設を設けることを条件に返還に合意。98年には、移転候補先の名護市長選挙と、沖縄県知事選挙で、相次いで移設容認派が当選。異論はある中、辺野古への移転が現実的解決との認識が広まった。

翌99年に沖縄県は、名護市辺野古を候補地に選定。同じ年、政府は普天間基地の辺野古移設を閣議決定した。後に移転反対の象徴となる故翁長雄志知事は当時、沖縄県議の職にあり、辺野古移設をやりきらねばならぬと主張していた。

2004年には沖縄国際大学に米軍のヘリコプターが墜落し、住宅密集地に隣接する基地の危険が再認識される。日米政府は検討を加速、06年には普天間飛行場の返還を含む「米軍再編ロードマップ」を策定した。多くの利害が錯綜する難問に、ようやく現実的解決策が見えたはずであった。