野党に必要なのは、時代の変化を一歩先取りする新しさを打ち出すことだ(毎日新聞社/アフロ)

第2次以降の安倍晋三政権が発足してから6年が経過した。まれに見る長期政権の下で、与党自民党は大きく変わったようにも見えるし、やはり長期政権時代のように安定した政権与党のようにも見える。この2つはコインの表と裏のように自民党の2つの顔となりつつある。

そして間もなく選挙の季節である。統一地方選挙、参議院選挙が今年夏までにあり、衆議院の解散もあるのではないかとささやかれている。そこで今もう一度、自民党の性格を捉え直してみたい。

自民党は自由党と日本民主党という2つの保守政党が合同して成立した政党であった。直前に左派・右派の日本社会党が統一しており、結党の目的は、この社会党に政権を取らせないことであった。その意味で結党時から与党であり続けることが存在理由であった。1960年代の高度経済成長を経て、93年の細川護熙政権成立まで長期政権を組織していく。この与党として長期政権を組織し続ける政党としての自民党こそがその第1の性格である。

そして問題は、80年代末のリクルート事件に端を発した政治改革にある。これは、政治改革を標榜した当時の野党から見れば、自民党に代わる政治勢力をつくり上げることであり、その目標は「わかりやすい対立軸」によって二分された2大政党制の樹立である。

だが、自民党から見ればどうであろうか。筆者は、自民党政治改革推進本部の事務局長を務め、後に離党する武村正義氏に聞き取りを行ったことがある。そのとき、氏が強調していたのは、「政権交代の可能性のあるシステム」をつくることであった。とくにこれに理解を示したのは、後藤田正晴・改革本部長代理であった。つまり、政治改革の目標は、2大政党制ではなく「政権交代の可能性」を高めることだというのである。