井手英策(いで・えいさく)/1972年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学。横浜国立大学などを経て現職。専門は財政社会学。著書に『経済の時代の終焉』『分断社会を終わらせる』(共著)『18歳からの格差論』『富山は日本のスウェーデン』など。(撮影:大澤 誠)

弱者がさらなる弱者を袋だたきにする分断社会。閉塞感が強まる中、財政の仕組みを変えることで新しいモデルをつくれないか。目指すのは、弱者の救済ではなく、弱者を生まない社会だ。

自己責任が前提とする経済成長はさらに厳しく

──熱がこもった本です。

幸福の増税論――財政はだれのために (岩波新書)
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自由、公正で人々が連帯する社会は、本来、政治的信条に関係なく、すべての人にとってよい社会でしょう。今の仕組みを前提に、そんな社会を目指すリベラルの考えは間違っていない。だが、実際は社会でリベラルの居場所がどんどんなくなっている。リベラルが自立した理論をつくらないといけない。そんな思いから、やや力んだ本になったかもしれません。

──勤勉と倹約という美徳が生きづらさと結び付いた社会になってしまったと主張されています。

日本はすべてが勤労をベースとする勤労国家。高度成長期、池田勇人首相の経済政策の柱は、所得減税と公共投資だった。勤労者には、ご褒美として所得税を返す。公共投資で勤労の機会を与え、生活保護の助けを得るような人を少なくする。勤労、倹約し、貯蓄すれば、教育費や医療費を負担しつつ、老後に備えられ、家も購入できる。さまざまなニーズに自己責任で応える社会をつくったのです。

江戸時代は村単位で税を払った。村にサボる人がいると、まじめに生きる人の負担が増す。そのため、経済的に没落した人は道徳的な失敗者とされた。現在でも、自己責任を果たせない人は社会のお荷物とされます。生活保護を受けて失敗者と見なされるくらいなら、貧乏しても頑張る。スウェーデンでは権利のある人のうち8割、フランスでは9割の人が生活保護を受けるのに、日本では2割未満の人しか受けません。