本連載は、日本一明るい経済新聞編集長の竹原信夫と副編集長伊藤昭が担当する。関西は中小企業が元気。ベタでトンチをきかせた“商い力”のあるオモロい会社がいっぱい。関西風の明るさで、日本経済の一隅を照らしたい。

第1回は、大阪の南・松原市にある「幸南食糧」を取り上げる。18年6月期末でスタッフ数140名、同期の年商は238億円。地域で唯一の米穀卸・メーカーである。しかし48年前は、わずか7坪の借店舗からの出発だった。

創業者の川西修会長。販売地域の拡大などで約50年かけて会社を成長させた。海外の販路拡大も図る

【会社概要とトップの横顔】 

< 幸南食糧 > 

1971年創業のコメ卸・メーカー。 近畿大学と栄養価を高めた「金賞健康米」を開発。 コト消費に基づいた食べ方の提案で、少子化でも会社は成長。

< 川西 修 会長 > 

企業哲学は「変化にスピード感をもって取り組む」。 自己紹介では「川の西で生まれ、世の中を修められる人間になれ、 と名付けられた」と印象づける。

創業時、松原市周辺は人口13万8000人で43軒のお米屋さんがあった。幸南食糧は新興であり、お客からは「祖父母の代から今のお店との付き合いがある。おたくからは買えない」と言われ続けた。それでもめげずに地域を回っていると、10軒行って8軒が留守で奥さん方は昼間不在。仕事を終えて夜遅く帰宅して米びつにおコメがないと、ほかの米屋はすでに店を閉めているが、幸南食糧だけは朝6時から深夜まで開けていた。それで得意先が1軒、2軒と増え、地域で一番の米屋にまでなった。

創業者の川西修会長は言う。「女性の社会進出が盛んになり、奥さんたちが留守がちでした。時代が変わりつつあったのです。ライバルは同業他社ではない。お客様の環境や時代の変化だと気づきました」。

創業以来半世紀、おコメをめぐる状況は変化した。「お腹がいっぱいになればよい」という時代から、「おいしいものを食べたい」へと変わり、次は「安全・安心なものを食べたい」となる。今は食べて健康になれるものを求める。こうした変化にスピード感をもって取り組む会社であること、これが川西会長の企業哲学である。

近大との開発米で目指す「ごはん革命」