義のアウトサイダー
義のアウトサイダー(新保祐司 著/藤原書店/3200円+税/415ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
しんぽ・ゆうじ●1953年生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。文芸批評家、都留文科大学教授。『内村鑑三』『信時潔』『フリードリヒ 崇高のアリア』『異形の明治』『シベリウスと宣長』『「海道東征」への道』など著書多数。2007年正論新風賞、17年正論大賞受賞。

危機の時代に義を貫き精神史の背骨を成す人々

評者 兵庫県立大学大学院客員教授 中沢孝夫

書名の「義」は、内村鑑三の「日本は美を愛する点に於てはギリシヤに似て居るが、其民のうちに強く義を愛する者があるが故に、其国民性にユダヤ的方面がある」という言葉に由来する。

花鳥、山水など日本は「美」に満ちているが、それは物の美に過ぎない。見てくれの悪かったソクラテスやパウロを挙げつつ、内村はこう述べる。「人間に在りては其美は内に在りて外にはない。人の衷なる美、それが義である」。衷なる美、つまり心の美が義なのだ。著者はエドマンド・バークを援用して、義は崇高と言い換えられるとする。

本書は田中小実昌から始まり、五味康祐、大佛次郎、小林秀雄、北村透谷、そして内村鑑三といった17人の「強く義を愛する者」の足跡をたどることによって、近代日本精神史の背骨を明らかにする。

「アウトサイダー」とは、日本で多数派である美から見た表現である。だが、小林秀雄論や大佛次郎論を読み進むうちに、これらの人々の言説こそ、日本の知の「メインストリーム」と思えてくる。

どの人物論も素晴らしい。とりわけ評者が衝撃を受けたのは、信時潔である。「海ゆかば」という歌は知っている。しかし、お恥ずかしいことに、その作曲者が信時潔という人物であり、詩は大伴家持の長歌の一節であることすら知らなかった。太平洋戦争の敗色が濃くなるにつれ、「君が代」以上に歌われたこの曲は、確かに日本の鎮魂歌(レクイエム)であった。そしてこの曲は美しくはない。義の曲なのだ。どう使われたか知らない人でも、この曲を聴けば崇高な気持ちになるのではないだろうか。

戦後になって「海ゆかば」は封印された。信時は、自分は歴史の激流の中で国民感情をうたった、と述べ「戦後民主主義」に迎合することがなかった。信時と並んで、一世を風靡した山田耕筰は、戦中はいち早く戦意高揚の作曲家として時勢の主流を歩み、戦後はすばやく民主主義に同調した。山田は美の人である。

明治20年に大阪北教会の牧師の子として生まれた信時がそうであるように、本書の登場人物の多くが、「武士の精神」を持つクリスチャンであることが目を引くが、クリスチャンかどうかにかかわらず、通底するのは危機の時代に「義」を貫いたことである。

時代は大きく転換しつつある。時代を謳歌した戦後民主主義が退潮した今、新たな「保守」が登場しつつある。しかし彼らもまた「戦後の主流」の裏返しのような気がする。