夫婦2人だけで完璧な仕事をこなしてきた中治勝・みえ子夫妻。親方である勝は、創意工夫を凝らした1貫を提供する
夫婦で営む下町のすし店には世界中から予約が殺到する。「今日こそ最後。最上のすし舞台を」の信条で、店の信用を築き上げてきた。(写真:飯塚昌太)

 

JR東京駅から京浜東北線で横浜方面に20分ほどの東京・大田区の蒲田。古くからの町工場や商店が多く、庶民的なにぎわいを見せる街だ。平成になって工場の数は減ったが、都心に近いこともあってマンションが増え、新しい住民が増加している。それでも、都心の華やかさとは異なる独特の雰囲気をたたえる街だ。

そんな街に食事だけで「おまかせ、1人4万5000円」のすし屋があると聞けば、多くの人が驚くに違いない。質の高い食材が高騰し、3万円を超えるすし屋は珍しくない。銀座の「すきやばし次郎」は4万2000円だ。蒲田という土地柄を考えれば、何かの冗談だと思う人もいるだろう。

しかしこの店に通うのは、隠れ家的名店を好む物好きな食通たちばかりではなかった。いや、むしろ料理のプロたちのほうが熱心に通う店だった。過去形で記述しているのは、誰もがノーマークだったこの店が、SNS(交流サイト)を通じて知れ渡るようになり、1年先の予約も、あっという間に埋まる店になってしまったからだ。

この店に魅了されたプロたちはこう称賛する。「とにかく味が違う。うまいんだ」「お客をどう楽しませるかを心得ている。江戸前の仕事を踏襲しながらも、そこに斬新で鋭い仕事がなされている」。

初音鮨の外観

店の名は「蒲田 初音鮨(はつねずし)」。4代目となる中治勝(なかじ かつ・55)が握るすしには、その1貫ずつがまるで日本料理の一皿のように季節を感じさせる趣向が凝らされている。18貫のコースには、最上級の素材が使われ、その一つひとつに丁寧な仕事がなされている。素材は、世界一といわれる豊洲(昨年10月まで築地)の魚介類でもトップランクだけで構成されるため、どんな魚の目利きも驚くという。