生産性 誤解と真実
生産性 誤解と真実(森川正之 著/日本経済新聞出版社/3000円+税/316ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
もりかわ・まさゆき●1959年生まれ。東京大学教養学部卒業、通商産業省(現経済産業省)入省。経済産業政策局産業構造課長、大臣官房審議官などを経て、現在経済産業研究所副所長。著書に『サービス産業の生産性分析:ミクロデータによる実証』『サービス立国論』など。

生産性から経済対策を評価 成長戦略の逆説を示唆

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

総需要への刺激を続けて労働需給が逼迫し、名目賃金が一時的に上昇しても、物価が上昇すれば、結局、実質賃金は改善しない。実質賃金の継続的な向上には生産性改善が不可欠で、それを経済政策の目標とすべきだ。アベノミクスの下で、景気拡大は続いているが、生産性上昇率が改善した証拠はなく、それゆえ、実質賃金も上がっていない。

本書は、生産性を切り口に、イノベーションや働き方改革、地方創生などさまざまな経済対策の是非を論じる。エビデンスに基づく政策形成を重視し、新たな政策を考える際の指針となる一冊だ。著者はサービス分野の研究の第一人者で、政策実務の経験も持つ。

成長戦略の継続にもかかわらず、生産性上昇率が高まらない理由の一つは、生産性上昇の著しい分野で、価格が下落するほどには需要が増えず、経済に占めるウエイトが高まらないからだ。これがボーモル効果で、名目GDPの押し上げ効果が限られると、税収増も限定される。デジタル革命が喧伝されるが、ボーモル効果もあるため、過大な期待には釘を刺す。

働き方改革は、労働者の経済厚生を改善させるだけでなく、生産性上昇につながると期待する人が多い。しかし、実証分析を見る限り、生産性上昇効果は明らかではなく、それ自体に意味があるものとして推進すべきだという。

企業誘致など地域格差解消を目指す取り組みは、日本全体で見るとゼロサムで、税金投入が無駄となる可能性が大きいという。一方、社会資本が少ない都市部での投資こそ効果が大きいと論じる。

成長戦略の継続にもかかわらず生産性上昇率が改善しないというより、成長戦略の継続で、何とか生産性上昇率の低下が避けられている可能性も指摘する。評者も同意見だが、成長戦略の効果を過大に見積もり、高めの成長見通しが策定されてきた。財政再建もそれを前提とするから、公的債務の膨張が止まらない。一方で、公的債務の膨張が資源配分を歪め、生産性回復を阻害するという。ならば、一歩進んで、成長戦略の目標を控えめにすることが、生産性回復に寄与するということか。

気になったのは、政治課題が山積する中で、時間的制約もあるから、十分なエビデンスがなくても、後に検証可能なら、政策発動もやむなしという点だ。経済は複雑で、場合によっては逆効果となる政策もある。やはり十分なエビデンスを調える必要があると思うが、どうだろう。

日産自動車 極秘ファイル 2300枚―「絶対的権力者」と戦ったある課長の死闘7年間
日産自動車 極秘ファイル 2300枚―「絶対的権力者」と戦ったある課長の死闘7年間(川勝宣昭 著/勝見明 構成/プレジデント社/1600円+税/283ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
かわかつ・のりあき●1942年生まれ。日産自動車で広報、企画、海外営業などに従事し、97年に日本電産入社。M&A担当取締役を経てグループ会社の再建に携わる。著書に『日本電産永守重信社長からのファクス42枚』など。

繰り返される私物化 現日産に「ファイル」は?

評者 兵庫県立大学大学院客員教授 中沢孝夫

圧倒的な面白さ。日産自動車を舞台に会社を私物化する独裁者の追放劇を描いた。といっても「今」ではない。時は1970〜80年代、主役は労組のボス・塩路一郎と、塩路打倒に立ち上がった8人のサムライ(課長クラス)だ。

人事権、管理権に支配的影響力を持った塩路は、戦後の階級闘争至上主義を奉ずる左派組合との対決のために会社側が育てた人物だ。また興銀出身で長く日産に居座り、トヨタ自動車に大きく水をあけられ、ホンダに追い上げられた「実績」を持つ川又克二(社長、会長)は、社内掌握のために塩路と組んだ。彼らが跳梁した日産は、生産性の改善や会社の発展よりも、権力者の鼻息をうかがうのが役員と職制の仕事となった。

それゆえ高度成長期を同時に歩んだトヨタがトヨタ生産方式を確立した一方で、日産の職場は惨憺(さんたん)たるものだった。77年の段階で、カローラとサニーの製造原価には5万円の差があったと本書は語る。エンジン1台分である。

日産改革に徒手空拳で立ち上がり、7年の歳月を手弁当で闘って塩路を追放した人たちに日産が報いることはなかった。経営側で唯一、経営権の確立のために闘った石原俊の社長退陣後、塩路追放の傍観者だった久米豊、辻義文、塙義一といった人々が社長を務めた15年間はじり貧となった。結果、99年にルノーの出資を仰ぎカルロス・ゴーンを迎える。初期のゴーンは職場をよく歩いた。しかし権力を握った後は、報道を見る限り、塩路、川又と同様に会社を私物化し始めたようだ。

歴史は繰り返された。が、ゴーンを追放した今の日産には、本書のような胸に迫る「ファイル」はあるのだろうか。