「アンカレッジ経由」と聞いて反応するかどうかで世代がわかる。冷戦当時、ソビエト上空の通過には制約があったため、日本から欧州に飛ぶ際、アンカレッジ経由のポーラールート(極圏航路)が一般的だった。

筆者はアンカレッジ経由のポーラールートを体験した最後の世代だ。深夜のアンカレッジ空港で多くの日本人が土産物店を物色していた姿を思い出す。

ポーラールートといえば北極圏がよく知られているが、実は南極圏にも存在する。巨大な都市、陸地の割合が共に多い北半球とは異なり、南半球の大陸間を結ぶフライトは少ない。カンタス航空のシドニー─サンティアゴ・ヨハネスブルク、LATAM航空のサンティアゴ─メルボルン、南アフリカ航空のヨハネスブルク─サンパウロなどがそれに当たる。