小泉純一郎内閣の参謀として不良債権処理や郵政民営化を先導した竹中平蔵氏。日本経済にとっての平成30年間とポスト平成の展望を語ってもらった。

たけなか・へいぞう●1951年生まれ。小泉政権で金融担当相、経済財政政策担当相などを歴任。慶応義塾大学名誉教授でもある。(撮影:今井康一)

──平成の日本経済は「失われた30年」といわれています。

私は「まだらな30年」だったと思う。確かに成長率は下がったが、経済の成熟とともに下がるのは普通のこと。よくなった時期と、非常に悪くなった時期がある。

小泉内閣時代に不良債権処理や郵政民営化をやって、財政を改善しながら米国を上回る経済成長率に高めた。だが、リーマンショックを挟む麻生内閣と民主党政権時の2008〜12年は「最も失われた5年」だったといえる。それから安倍(晋三)首相が再チャレンジを始め、その流れが今も続いている。

──小泉改革を実行していなかったらどうなっていたと考えますか。

00年ごろの英『エコノミスト』の記事が印象的だった。「もしも日本政府がライトオフ(不良債権の償却)をしないなら、そのときは世界が日本をライトオフする(相手にしなくなる)だろう」と。当時はまだGDP(国内総生産)世界第2位だった日本がコンフィデンスクライシス(信認の危機)に陥れば、世界に大きな影響を与えただろう。

──安倍政権への評価は。

いちばん変えたのは金融政策。(物価上昇率)2%のアコード(政策協定)を日本銀行と結び、それを実行できる総裁を任命した。ただ2%目標達成にはまだ程遠い。

本来デフレ克服には人々の期待を変えることが必要。それは短期決戦でなければならない。日銀は異次元緩和に踏み込んだが、同時に進めるべき政府の規制緩和が十分ではなかった。日銀による片翼飛行のような状態が続き、企業にとっては投資の機会が十分出てこなかった。その点で、私は黒田東彦日銀総裁には同情的だ。

ポスト平成に向けては、第4次産業革命にいかに本気で取り組むかが課題だ。10年代に入り、世界最大の成長産業はライドシェアとなった。その後、時価総額で米ウーバーが約7兆円、中国の滴滴出行(ディディチューシン)が約6兆円規模に成長した。ところが日本でライドシェアはいっさい禁じられている。日本は10年以降、東日本大震災への対応や政権交代に時間を取られ、世界最大の成長産業を逃している。