週刊東洋経済 2019年12/29-1/5号
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絶頂期から停滞期へ 平成30年間ニッポンの足跡

あと4カ月で平成という時代が幕を下ろす。

振り返れば平成は絶頂から始まった。平成元年(1989年)12月、日経平均株価は3万8915円の史上最高値を記録。まさにバブル景気の絶頂期だった。地価は高騰、世間はディスコやスキーのブームに沸いた。

ちょうどその頃、世界は大転換期にあった。89年、ベルリンの壁が崩壊。同年、米国のブッシュ大統領と旧ソ連のゴルバチョフ最高会議議長がマルタ島で冷戦終結を宣言し、91年にはソ連が崩壊。一連の国際政治の動きは“グローバル化”時代の幕開けを意味していた。日本企業は台頭するアジア勢などとの熾烈な国際競争を強いられた。

バブル絶頂と冷戦終結だけでなく、平成の初頭にもう一つ象徴的な時代の変化があった。インターネットの台頭である。

90年代前半、米国はアル・ゴア副大統領の下で「情報スーパーハイウェー構想」を開始。全米にコンピュータネットワークを敷設する計画で、インターネット普及の原動力となった。片や日本の製造業はハード製品中心の事業構造から転換が遅れ、その後の競争力低下を招いた。

日本経済は90年代初頭にバブルが崩壊し、97年には山一証券が破綻。深刻化する不良債権問題を処理したのは、2000年代前半に誕生した小泉純一郎政権だった。当時の「いざなみ景気」は、景気回復局面が6年1カ月という長期間にわたった。

だがその後、リーマンショックと東日本大震災に見舞われ、麻生太郎政権から民主党政権にかけて政治が迷走。竹中平蔵・東洋大学教授は、08~12年の時期を「(平成で)最も失われた5年」と総括する。その後、安倍晋三政権下で異次元緩和を起爆剤とした「アベノミクス景気」が続く。

人口、GDP、デジタル化...ポスト平成で起こる10の変化

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