ポスト平成時代に産業界、個人のキャリアに大きな変化を促すと予測されるのがAI(人工知能)だ。AIが仕事を奪うという脅威論が飛び交う中、その限界と、むしろ人間に必要な読解力が中高生に足りないことこそが問題と喝破したのが、新井紀子著『AI vs.教科書が読めない子どもたち』である。AI時代に何が起こるのか、われわれはそれにどう対処できるのかを新井氏に聞いた。

あらい・のりこ●一橋大卒。米イリノイ大数学科博士課程を経て東京工業大で理学博士号取得。「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。『AI vs.教科書が読めない子どもたち』など著書多数。(撮影:今井康一)

──著書では数学者の視点から「AIの限界」を説きました。

AIはコンピュータで、コンピュータとは計算機のこと。つまりAIが行っているのは、実は計算にすぎない。人間の知的行動のすべてを数式で表現できるわけではなく、AIが完全に人間に取って代わることはないだろう。計算は決まった入力に対して決まったアウトプットを出す。そのように入力とアウトプットとが決まっている定型的な仕事の多くが、AIに置き換わっていくのではないか。

たとえば営業でも事務作業は多い。そこで御用聞きに来る対面営業よりも、自動化されたオンラインの営業を多くの人が受け入れれば、人がやる事務作業は減っていく。今はそうした属人的な仕事と機械化される仕事とが、落としどころでせめぎ合っている状態だ。

実際、今店舗に展示されている商品の多くは、モノ自体の価値は3割程度で、残りの約7割は人間による付加価値ではないか。戦後から平成という時代は、そのようにモノの価値にホワイトカラーの付加価値を乗せてきた時代だった。しかしAIは、その7割の部分を圧縮しようとしている。

──かつて人類は機械化により工場での大量生産を可能としました。当時の機械化と、現在の機械化とでは、「質が異なる」と著書で指摘しています。

昔と今とで大きく異なるのは、人が必要かどうか。そのことは、われわれが属する「国民国家」の成り立ちと深く結び付いている。