進むべきか退くべきか──。日立製作所の将来を左右する決断の時が近づいている。

英国・ウェールズ地方の最北にあるアングルシー島。ロンドンから同島最大の都市ホリーヘッドまでは直通の特急列車で4時間弱。そこから北へバスで約40分。羊がのんびりと牧草をはむ丘陵地帯に似つかわしくない巨大な建物が現れる。ウィルファ原子力発電所だ。

各49万キロワットの原子炉2基が稼働したのは1971年。マグノックス炉と呼ばれる古いタイプのもので、2012年と15年に運転を終了している。この隣接地に2基の原発新設を計画しているのが、日立が100%出資する原発開発会社のホライズン・ニュークリア・パワーだ。

日立は12年に独電力会社2社からホライズンを892億円で買収。以降、原発建設・運営に必要な手続きを着々と進めてきた。17年12月には包括設計審査が完了した。残るすべての認可を取得し、最終投資判断を行うのが来年、19年に予定されている。

だが、このホライズン計画を進められるメドはまだ立っていない。それどころか今春、日立はホライズン計画の断念の瀬戸際にあった。建設費の見積もりが当初想定以上に増加。一方、電力料金が期待を下回る見通しとなっていたからだ。

事態を打開するため、5月に中西宏明会長が渡英。メイ英国首相と会談し、ホライズン計画に対する英国政府の支援拡大を求めた。

結果、英国政府は2兆円規模の融資保証を約束。ホライズンへの政府出資の検討も示されたことで、計画断念は回避された。現在は計画を進める方向で、スキーム作りの最終調整が続けられている。

経済合理性に合致するスキームなのか

本連載第1回で触れたように、ホライズン計画について株式市場はネガティブな評価をしている。

「原発事業は儲かるのかではなく、損失がどの程度になるかを、多くの投資家が見ている。ホライズン計画をやめれば、株価は2割程度上がってもおかしくない」と外資系証券会社のアナリスト。

対して「日立は一民間企業。経済合理性を最優先して交渉に臨んでいる」(東原敏昭社長)、「経済合理性で判断する」(武原秀俊・原子力ビジネスユニットCEO)と日立側は反論する。

では、ホライズンにはどういうリスクがあり、日立が言う「経済合理性に合致するスキーム」は、構築できるのか。

ホライズンは、資金を調達して原発を造る。完成後はその原発を運営。発電した電力を売って事業費を回収し、利益を出していく。原発は着工から運転開始まで10年弱かかり、その後の資金回収も10年単位となる長期の事業モデルだ。

これを成り立たせるには、まず総事業費をいかに抑えるかがポイントになる。近年、原発の建設費は膨れ上がっており、東芝の原発子会社の米ウエスチングハウス(WH)は倒産、仏国営原子力会社アレバは解体に追い込まれた。

ホライズンも当初想定の2基・約2兆円から2基・約3兆円へと増えたもようだ。安全規制への対応費用などが膨らんだ。ただ、英国の安全基準は固まっており、東芝などのように着工後の設計変更で工期が延長される心配は少ない。

また、WHやアレバがまったくの新型炉でトラブルを抱えたのに対し、日立は日本で複数の経験がある炉型(ABWR)を英国規制に合わせている。この意味では一定のリスク管理はなされている。

とはいえ、この20年以上、英国で原発新設がなかったことや英国のEU(欧州連合)離脱を考えれば、熟練作業者の確保などのリスクは消えていない。

日立に原発建設のノウハウはないため、米建設会社・ベクテル、日本のエンジニアリング大手・日揮と提携。3社の合弁会社を設立し、EPC(エンジニアリング・購買・建設の略、上図の「建設取りまとめ」に相当)を担わせる予定だった。

だが、この合弁案は空中分解してしまった。一般的にEPCは一定の契約金額で工事を完了させる責任を持つ。だからこそEPCは重要になるのだが、建設費超過リスクの負担を嫌ってかベクテルが合弁計画から離脱した。

結局、ベクテルはホライズンとプロジェクト管理を監督する契約を結んだが、リスクの分担は限定的だ。日揮も一部施設の設計だけを行う方針で、EPCを誰が担うのかまだ見えてこない。

原発の完成後の運営体制についても課題が残る。ホライズンは、米電力大手のエクセロンと日本原子力発電の2社から発電所運営の支援を受ける契約を結んでいるが、期待していた日本の電力会社などの出資のメドは立っていない。

一番の誤算は電力料金だ。英国には、原発導入を後押しするために、発電した電力を35年間、固定価格で買い取る制度(CfD)がある。原発は巨額の初期投資を長期間で回収する事業モデルであるため、将来にわたり安定した電力料金が保証されなければ、計画を進めることができないからだ。

英国で先行する原発プロジェクトは、このCfDについて1メガワット時当たり92.5ポンドで契約した。日立はこのときの計算式を参考に、それより若干低い価格を想定していた。しかし、92.5ポンドは近年の市場での電力価格の約2倍。その差額は電力利用者(英国国民)が負担することになるため、英国政府への批判が高まった。

その影響でホライズンに適用される買い取り価格は日立が想定していたものより低くなることが確実になった。これでは事業性を確保できない。中西会長がメイ首相と直談判したのはこうした事情があったからだ。