銃撃事件の後、ピッツバーグのユダヤ教礼拝所には、多くの人が献花に訪れ、死者を追悼した(Jeff Swensen/Getty Images)

ペンシルベニア州ピッツバーグのシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)で起こった銃乱射事件で11人が亡くなったのは、10月下旬。全米の人々は現在でも犠牲者の死を悼んでいる。犯人は反ユダヤ的な発言を繰り返していた男で、事件には自動小銃が使われた。しかし米国の政治は憎悪をあおる動きで満ちており、このような事件が起きても驚く人はあまりいない。悲しいことだが、これが現実だ。

「乱射事件は恐ろしくて、悲しい。でも、銃乱射はもう私たちの存在の一部になっている」と、私の友人のアッシュ・シュクラは言う。アッシュはユダヤ教徒でインド系。ゲイで、しかも移民だ。

「本当は事件を知って震え上がるべきだったのだろうけど、私は違った。最近、こういう出来事が多すぎるから。一つひとつを気にしていても仕方ない」

アッシュは、ピッツバーグの事件では、たまたまユダヤ人が標的にされただけだと言う。サウスカロライナ州チャールストンでは昨年、教会で礼拝中の黒人9人が白人至上主義者の青年に射殺される事件が起きている。2年前には同性愛者が集まるフロリダ州オーランドのナイトクラブで、49人が若者によって射殺された。

この間、政治家は保守層の支持を取り込もうと、恐怖と憎悪をあおり立ててきた。攻撃対象とされた人々の中には、中国人やメキシコ人、不法移民、トランスジェンダーも含まれる。