経営再建中のジャパンディスプレイ(JDI)は、売り上げの約8割を占めるスマートフォン(スマホ)向けディスプレイへの依存体質からの脱却が構造改革の柱だ。ボラタリティの高いスマホ向けディスプレイは、経営への影響が大きく、安定成長が描きにくい。特徴を生かせる車載用やデジタルカメラ、ウェアラブル機器など民生機器用、医療用モニターといった産業用ディスプレイで構成される「車載・ノンモバイル」事業の拡大が鍵になる。

産業革新機構から改組したINKJが25.3%を出資。2017年度の業績は、売上高が前年比18.9%減の7175億円、営業損失は803億円悪化の617億円の赤字。2156億円の最終赤字を計上している。スマホ向けディスプレイの需要減と、価格競争の激化という二重苦のなかにある。だが、2018年度下期からは、新たな液晶パネル「FULL ACTIVE」の出荷が急増する見通しであり、5年ぶりの通期最終黒字を見込む。

再建を進めていくなかで、JDIが挑戦しているのが新規事業の創出である。家電メーカーのアクア(前ハイアールアジア)で社長兼CEOを務めた伊藤嘉明氏が、2017年10月にJDI入りし、新規事業創出を担当している。具体的には何をやっているのだろうか。伊藤常務執行役員チーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)に、JDIの変化と新たな取り組みの成果を聞いた。

社内で嫌われることを覚悟

──旧三洋電機の冷蔵庫事業や洗濯機事業が中心となり、中国ハイアール傘下で設立されたアクアでは、三洋電機時代から15年間赤字だった同事業を黒字転換する一方、世界一小さい洗濯機と位置づけた手のひらサイズの「コトン」、液晶パネルを搭載した冷蔵庫「DIGI」、スター・ウォーズシリーズの人気キャラクターである「R2-D2」の原寸大冷蔵庫など、従来の家電メーカーにはない発想の製品で話題を集めました。

JDIでは2017年10月1日にチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)に就任し、早くも2年目に入りました。さらに、マーケティング・イノベーション&コミュニケーション戦略統括部を発足して半年経過しましたが、JDIでの新規事業に対する手応えはどうですか。

1969年、タイ・バンコク出身。米コンコーディア大学卒業後、オートテクニックタイランドに入社。サンダーバード国際経営大学院ビジネススクールでMBA取得。日本アーンスト・アンド・ヤング・コンサルティングを経て、日本コカ・コーラ、デル、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントなどで、ブランド認知度の向上や業績回復などに取り組む。2014年、ハイアールアジアグループの社長兼CEO。2017年からジャパンディスプレイに参画し、常務執行役員CMO。

伊藤 2017年10月にJDIに入社して最初の半年間は助走期間でした。世界中の拠点や工場をまわって、1000人以上の社員の皆さんと対話しました。その後、2018年4月1日にマーケティング・イノベーション&コミュニケーション戦略統括部を設置したのが本当に意味でのスタートです。それから4カ月を終了した8月1日には、戦略発表会「JDI Future Trip」を開催し、ヘルメット内部にディスプレイを搭載したスマートヘルメットなどを披露することができました。

わずか4カ月で、あれだけのものを出せたというのは、これまでのJDIにはないスビードだったといえます。従来のままであれば、100万年かかってもできなかったでしょうね(笑)。それだけ、かなり強引にやりましたよ。でも、その強引さがないと、いまのJDIは動かない。これは新規事業だけでなく、すべてのものがそうなんです。どうやって早く動くか。その役割として、私がこの会社に呼ばれたわけです。

ですから、あえて社内で嫌われることを覚悟して、強力にプッシュしています。JDIに入ってから1年を経過しましたが、個人的には、社内の現状のスピードには、まだ不満なところがあります。ただし、社内公募によって集まったマーケティング・イノベーション&コミュニケーション戦略統括部の社員は、新たなミッションをやらなくてはいけないという危機感を持った人たちばかりです。この部門に関しては、幸いにして新たなことに対して動きやすい状況が生まれています。

──公募ということですが、マーケティング・イノベーション&コミュニケーション戦略統括部には、どんな人たちが集まっていますか。

伊藤 応募者のなかから、書類選考で残った70人の社員にインタビューを行い、30人弱を選びました。約1万人という企業規模から考えると、新たなことにチャレンジしたいという人の絶対数が少ないともいえますが、これまでの企業風土、日本の企業としての特性、そして、何をするのかわからないという部門への応募ということを考えると、これだけの人たちが、自分から行動を起こしてくれたことに対しては心強いものを感じています。

実は、私は最終面接をしませんでした。私が選んだ部長職の人たちに選考をしてもらったのです。選考基準は、JDIの課題を認識し、その上で、新たなことに挑戦をしたいと考えている人。なかには、「伊藤さんと一緒に仕事がしたいから」という理由をあげた人もいましたが、申し訳ないのですが、そうした人は落としました。今回は、他力本願で新たなものを作りたいと考えているような人は、不要だからです。

──「伊藤ファン」を、あえて落としたということですね。

伊藤 そういうことになります。いまはそういう人たちと一緒に仕事をするタイミングではないんです。全員が必死になって、会社の課題を解決し、新たなものに取り組まなくてはいけない。つまり、私のやり方についていく、というような人では駄目なんです。私がやらなくはならないことは、新たな「JDIイズム」を作ることであって、JDIに「伊藤イズム」を入れることではありません。「JDIイズム」ができた第2弾、第3弾の募集のときには、そういう人たちに入ってきてもらえばいいんです。そこははっきりと切り分ける必要があります。

すべての物事を3カ月で考える

──新たな「JDIイズム」のベースになるのは、どんな考え方ですか。

伊藤 前提となるのは、なんといってもスピードです。ですから、すべての物事を3カ月で考えることを徹底しています。これまでは、3年、5年というサイクルでモノづくりをしていた企業ですから、3カ月で結果を出してほしい、といった途端にみんな引いてしまうんですね。私も、すべてのものについて3カ月で結果が出るとは思っていません。しかし、そうした意識でモノづくりをしていかないと、世の中の流れに遅れるだけです。

取引先である海外スマホメーカーが、3カ月ごとに結果を出すスピード感で動いているのに、ディスプレイを供給する部品屋は3年のサイクルで動いていても構わないんだ、という論理は通用しません。

マーケティング・イノベーション&コミュニケーション戦略統括部の社員にも、2年も、3年も、この組織にいるとは思わないでほしいといっています。3カ月や6カ月で結果を出して、作り上げたJDIイズムを体験した社員が、これまでの職場に戻ってもらい、新たなDNAを社内に伝搬する役目を果たすことを期待しています。

10月15日に東京・渋谷で開催したアイデアソンの様子

──8月1日には、「JDI Future Trip」を開催しました。逆算すると、これも3カ月というサイクルがベースですね。

伊藤 4月1日にマーケティング・イノベーション&コミュニケーション戦略統括部がスタートしたときに、「3カ月後にメディアの方々を呼んで、成果を発表する」と宣言しました。しかも、数人のメディアを対象にした内覧会のような形で公開するのではなく、100人以上のメディア関係者を呼ぶこと、いままでにない世界初のコンセプトを持った製品を発表し、JDIが持つ世界最先端の技術を使って、こんなことができるんだ、ということを世の中に問うことを決めました。そうすることによって、新生JDIの方向性や姿勢を打ち出す、といった狙いがあったわけです。

この方針を示したところ、多くの社員が「この人はなにを言っているのだろう」と思ったようですし、「そんなことできるわけがない」という反応ばかりでした。私は、こうした反応には慣れていますけどね(笑)。

こういったときの社員の反応は、大きく2つの動きに分かれます。ひとつは完全に思考停止になる人です。新たなものを創出するための組織なのに、私たちはディスプレイの部品は提供できるが、それ以上のものは作れないのだ、と言い張るわけです。これまでのJDIの仕事のやり方は、納入先の要望にあわせて、それ以上でも、それ以下でもない部品を作って、期限通りに納めるというものです。そのやり方しか知らないのだから無理と考えてしまう。

だけれども、いまは、自分たちの部品を使って、どんな製品が提案できるのかを考えてほしい。それを実現する上で、もし、自分たちで作れないものがあったら外部の企業と積極的に連携して、その技術やノウハウを活用しても構わない。この新しい組織の狙いはなにかを改めて考えてもらい、新しい製品を実現するためにはなんでもありなんだ、ということを理解してもらいました。

新組織開設から4カ月後となる8月1日に開いた発表会で説明する伊藤CMO

もうひとつの動きは、3カ月という期間内にできそうなレベルのものを考えようとする人です。本来の目的は期間内にモノを作り上げることではありません。しかし、3カ月という期間を区切った途端に、いまあるものでどこまでできるのかということを逆算してできそうなものを作り始めようとするのです。私は、そんなものを求めているわけではありません。これまでにはできなかったものを生み出してほしい、逆算で考えないでほしい、ということを徹底しました。

期間内に作り上げるという点では、完成度の考え方にも、私と社員には、乖離がありました。JDIでは、モックアップを作って、サプライヤーに見せるという経験はあるのですが、それは技術者同士の会話であったり、内部の会議のために作ったりといったレベル。技術原理が伝わればいいということが前提でした。ですから、スマートヘルメットを例に取ると、最初に出てきたものは、ヘルメットの形をした発泡スチロールに、ディスプレイを組み込んだという程度のものでした。

これでは、メディアの方々に笑われるだけです。すると次には、ちゃんとヘルメットに組み込んだものが出てきました。しかし、これにしても、まだまだ部品屋の発想の域を出ていないものでした。

塗装にもこだわったスマートヘルメット

「これは世界中の人たちにお披露目するものだ。この塗装でいいのか」、「あなたならば、この程度の完成度のものに、お金を払おうと思うのか」──。そういうことを言うと、ハッと気がつくわけです。スマートヘルメットは、高級外車専門の塗装業者にお願いして、クルマと同じ塗装をしてもらいました。メディアに公開するのならば、お客様に届く最終製品までを意識し、世界の人たちがそれを見ているということを視野に入れて、モックアップを作ることが大切です。

発表会では、テレビカメラが、近くに寄って、ヘルメットの様子をなめるように撮影することもあるでしょう。そのときに、塗装にムラがあったり、水泡ができていたりしたら、低い水準の技術であるとしか捉えられません。技術原理が伝わるモックアップではなく、私たちの姿勢や意欲を伝えるモックアップでなくてはいけません。8月の発表会が終わって、メディアの取材の仕方や、それによるインパクトを見て、若い技術者が、「伊藤さんが言っていることがようやくわかりました」と言ってくれたことはうれしかったですね(笑)。

まずは、私がやってきたことをJDIにダウンロードして、それを実行してみたというのが、いまのフェーズです。しかし、短期間でここまでできたことは、マーケティング・イノベーション&コミュニケーション戦略統括部の社員にとって、大きな自信になったのではないでしょうか。