かつて中国史上の政体を「徳治」と表現したことがある。するとたちまち、「徳治」など実在、実現したことがない、との批判を頂戴した。ひととおり説明をしたにもかかわらず、文字どおり徳をもって治めるシステムだと思い込んでの異論らしい。なんと生マジメな、というか、裏面を見ない硬直な思考か、とあきれたものである。

くりかえすと、徳ある指導者が下々を教えさとし、立派な人々にする「教化」を根幹とし、立派な人なら法律・刑罰の強制力は要らない、というコンセプトの統治形態であった。法律は杓子(しゃくし)定規で柔軟性がなく、人々を苛細に束縛しかねない。そのため「徳治」の中の法は、徳による秩序維持が通用しない範囲にのみ、やむなく行使するサブシステム、あくまで二の次・三の次、補助的な位置づけになる。

主観的な「徳治」