前回の小欄で言及した薄田泣菫(すすきだきゅうきん)は、日本のコラムニストの草分けである。古今東西の人物論を駆使して、ユーモアあふれる逸話コラムの名作をおびただしく書き残した。それを集成した『完本 茶話』は筆者の愛読書のひとつ、歴史家としては足らざる知見、物書きとしては短文を綴(つづ)る呼吸を教えてくれる。

「茶話」は大正年間の『大阪毎日新聞』夕刊の連載コラムだった。百年も前のものだから、その題材はわれわれが歴史や文学で学ぶような人物ばかりである。

わが歴史学・東洋史学も例外ではない。喜田貞吉(きださだきち)・内田銀蔵(うちだぎんぞう)・内藤湖南(ないとうこなん)・桑原隲蔵(くわばらじつぞう)など、往年の大家が次々に登場する。泰山北斗と仰ぎ見る碩学たちを温かなユーモアでくるんで、身近に感じさせてくれる腕前は、さすがである。