#リパブリック: インターネットは民主主義になにをもたらすのか
#リパブリック: インターネットは民主主義になにをもたらすのか(キャス・サンスティーン 著/伊達尚美 訳/勁草書房/3200円+税/366ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Cass Sunstein●ハーバード大学ロースクール教授。1954年生まれ。米国最高裁判所、司法省に勤務、シカゴ大学教授を経て現職。ノーベル経済学賞受賞者R・セイラーとの共著『実践 行動経済学』は全米ベストセラー。ほかに『選択しないという選択』『熟議が壊れるとき』。

ネット社会で消費者ではなく市民として生きる

評者 北海道大学大学院教授 橋本 努

フェイスブックは2016年、ニュースフィードの大きな変更を行った。利用者の好みに合わせて、最も関連する記事を画面のトップに示すようにしたのである。

その結果、利用者たちはあまり情報を探索しなくても、関心のある情報に囲まれて暮らすことができるようになった。今日のAI技術は、人々の選好を学習して予測するようになっている。

けれどもそんな方法で提供される情報は、本当に私たちが必要としているものなのか。それは違う、と著者は指摘する。利用者の好みに合わせて個別に情報を流すと、ニュースフィードには大量のフェイク・ニュースがあふれるかもしれない。ヒラリー・クリントンが嫌いな人には、ヒラリーを嘲る偽情報を流すと、それでたしかに喜んでもらえるかもしれない。

しかし、人が自分にとって都合のいい情報にばかり触れていると、やがて民主主義の社会は劣化してしまう。他人の意見に耳を傾けて意見を軌道修正する機会が少なくなってしまうからである。

かつてM・フリードマンは「選択の自由」を強調した。人がたまたま抱いていた選好や価値観を満足させることが自由なのかといえば、そうではないと著者はいう。私たちが自身の価値観を形成するためには、もっと視野を広げたり、何が真実であるかを学んだりする機会が必要であろう。自分と同じような考え方をする人たちとばかりコミュニケーションしていると、檻(おり)の中で暮らす生活と変わらなくなってしまう。

自分の好みに合わせて情報環境を作る「情報の繭(コクーン)」社会は、危険である。消費者には自分で情報をフィルタリングする権利があるといっても、私たちは「市民」として、自分とは異なる意見に耳を傾けたり、討議したりしたいとも願っている。消費者ではなく市民としてのニーズを満たす「リパブリック(市民共和国)」を作ろうというのが著者の関心だ。

そのためには例えば、ネット上で選ぶつもりもなかった情報に触れる機会を増やすために、「反対意見ボタン」や「セレンディピティ(偶然の出会い)ボタン」を設定する。あるいは多様な共通経験を育むために、公的補助金を用いた民間テレビ番組を制作したり、熟議のためのウェブサイトを開設したりするといった興味深い提案がなされる。新しいリベラル理論を携えて、様々な政策アイディアを体系的に示した好著である。