おおた・ひろこ●1976年一橋大学社会学部卒業。生命保険文化センター研究員などを経て2001年政策研究大学院大学教授。02〜05年に内閣府に出向、06〜08年に経済財政政策担当相。(撮影:今井康一)

2005年に内閣府から政策研究大学院大学に戻った。06年に第1次安倍晋三内閣が発足するとき、安倍首相と近いウシオ電機の牛尾治朗会長から電話が入った。経済財政諮問会議は守らなければ、と思っていたので民間議員の話なら引き受ける気だったが「大きいほうが来たよ」と牛尾会長に言われた。経済財政政策担当相に、という話で驚いた。

政治的な野心も、権力で人を動かしたいという気持ちもなかった。小泉純一郎内閣の竹中平蔵さんを見ていて、政策プロセスの構想力でも国会で闘うときの胆力でも、私には無理と思い、本当にお断りした。だけど1時間以上説得を受け、人間はいずれ死ぬのだから、いいかもしれないと思い始めた。

最初の記者会見で「自信は」と聞かれ、本当になかったので「ない」と答えたが、後になって、上に立つ人は絶対にその言葉を使ってはいけないと知った。