日本型資本主義-その精神の源 (中公新書)
日本型資本主義 その精神の源 (寺西重郎 著/中公新書/880円+税/304ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
てらにし・じゅうろう●一橋大学名誉教授。1942年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。専攻は金融論、日本経済論。一橋大学教授、同副学長、日本大学教授などを歴任。著書に『日本の経済発展と金融』『経済開発と途上国債務』『歴史としての大衆消費社会』ほか。

その精神の源流は儒教ではなかった

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

16世紀の宗教改革で生まれたプロテスタントの禁欲的な職業精神が近代工業社会の淵源にある。ドイツの社会学者マックス・ウェーバーが20世紀初頭に著した『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は広く知られる。

その西洋型資本主義の制度を移植したのが日本の資本主義の始まり、というのが通説だが、それは物語の半分に過ぎないとして、日本経済論の大家が「日本型資本主義の精神」を論じた。もの作りへの強いこだわりや技能形成を重んずる労働市場、関係性重視の金融システムなど日本経済の源流を、鎌倉時代の仏教革新に求めた興味深い論考だ。

江戸時代は、消費財の大量生産を可能とする工場制機械生産以前の家内制手工業だったが、比較的高めの成長が続いた。海上輸送を中心とした交通手段の発達はその一因だ。ただ、それだけでは持続的成長は得られない。

市場経済の発展に適合的な正直、勤勉、倹約といった道徳規律が生まれ、信頼醸成や協働の高度化など社会資本が蓄積したからこそ、取引コストが低下し成長がもたらされた。その根底には、鎌倉時代に生まれた新仏教を源流とする、求道的職業行動に基づく精神が存在していたと論じる。儒教の影響とばかり思っていたが、仏教だった。

確かに、私たちは子供の頃から、職人芸の素晴らしさや一芸に秀でることの重要さを繰り返し教わってきた。一部の職場では、今でも仕事を通じた人格陶冶が言われ、技を極めた人が尊敬される。求道的行動が労働観の基盤にあるというのは、納得のいく話だ。

近代以降、西欧では自然は人類に征服され、利用されるべきと考えられる。自然との調和や関係性を重視する傾向が日本で強いのは、輪廻の苦しみから脱却する悟りを得るため、身近な自然、他者との間で生まれる業報(ごうほう、善悪の行為の報い)への関心が人々の行動を支配したためという。

ウェーバーは、日本型資本主義の勃興を認識しないまま、西洋資本主義の普遍性を説いた。今では、日本型に続き、中国や韓国を始めとする儒教に源流を持つ東アジア型、あるいはイスラム型など、西洋型資本主義の制度を表面的には運用しつつも、独自の精神を持つ異種資本主義が生まれ、互いに競い合う。

大量消費社会や金融資本主義への反省から、21世紀は自然や身近な他者との調和を重視する日本型資本主義に強みがあるようにも思えるが、それでは楽観が過ぎるだろうか。