認知症の実母を介護していた布川佐登美さん。今は実母の住まいを改装して認知症カフェを運営している(撮影:コスガ聡一)

母からの電話が鳴るのは決まって夜12時だった。

布川佐登美さん(59)は、1990年代後半から2007年まで、アルツハイマー型認知症を発症した実母を介護していた。

「おカネがなくなった」「物がなくなった」。電話は大体そんな内容だった。母の救援要請に応じて、東京都府中市の自宅から千葉県柏市にある母の実家へ2時間かけて車を走らせた。深夜2時に着くと、“探し物”の手伝いを2時間ほどし、自宅に戻るのは朝6時。それから子どもの弁当を作って仕事に出た。週に2〜3回はそんな往復だったという。

「私が寝ているときおまえがこっそりおカネを盗っていったせいだ」。認知症の症状である被害妄想に駆られた母は、遠路はるばる来た娘にそんな言葉をぶつけた。

周囲も冷たかった。友人に相談を持ちかけても、「しょうがないでしょう、自分のお母さんなんだから、頑張りなさいよ」。実家の近隣からは「草がぼうぼうだから何とかしてください」と苦情が来た。

孤独で見捨てられた気分になり、心がふさいだ。周りを信じられず施設に預ける気にもなれなかった。やがて、ほとんど眠らなくなった。最初はなんてタフな女なのかと自ら感心していたというが、その不眠がうつ病の典型的症状と知るのは、しばらく後のことだった。

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