【今週の眼】苅谷剛彦 英オックスフォード大学教授
かりや・たけひこ●1955年生まれ。米ノースウェスタン大学大学院博士課程修了、博士(社会学)。東京大学大学院教育学研究科助教授、同教授を経て2008年から現職。著書に『階層化日本と教育危機』『増補 教育の世紀:大衆教育社会の源流』『教育と平等』など。(撮影:尾形文繁)

スポーツ界が揺れている。今度は体操界のパワハラである。

少し前になるが、朝日新聞の社説が「強力なトップの下で、旧態依然の上意下達がまかり通る」スポーツ界共通の体質を批判した。見出しは「前近代的体質と決別を」であった。「旧態依然」「前近代的」といった表現が今の日本でも通用する。

零戦の開発者を主人公にした宮崎駿の映画『風立ちぬ』にこんな場面がある。主人公が特高警察に追われる。恋人からの私信が読まれる事態に「近代国家にあるまじきことだ」と怒りをぶつける。すると上司が大笑いして「日本が近代国家だと思っていたのか」と切り返す。七十数年前の場面である。

単身赴任やサービス残業といった働き方の問題、あるいは企業や官僚の隠蔽体質、「忖度(そんたく)」に見られるように、スポーツ界のみならず日本の至る所で「上意下達がまかり通る体質」が今でも横行する。上下の関係だけでなく、横並びの体質もある。これらは皆、旧態依然とした前近代性の残滓なのか。それとも「日本が近代(国家)だと思う」ことが今でも一笑に付されるのか。