井上ひさし氏は、読む力が表現力をつけるうえで重要であると考えている。特に日本語に、英語やロシア語のような強弱のアクセントがないことに注目する。〈日本語は全部母音で終わります。ですからきちんと発音すると、とても大きな感じがして美しいのです。外国人はみんなそう言います。それに強弱のアクセントがなくて等リズムですから、聞いているとタッタッタッタッタと、こういう感じなんです。〉(井上ひさし『日本語教室』新潮新書、2011年、142ページ)

テキストを理解できていないとタッタッタッタッタとリズミカルに読むことはできない。よい文章は、読みやすい。また、聞いていて意味を正確に取ることができる。小学校で、音読を重視する必要を井上氏は説く。

〈ぼくが子どものころ、みんなで声を揃えて教科書を読むという授業がありました。国語の教科書の新しい章が始まると、遠藤先生というとてもいい女の先生だったのですが、その先生が、まず生徒たちに「これを読める人はいますか?」とききます。すると、ぼくのようなそそっかしいのが手を挙げて読むわけです。そうすると先生が「いま○○君が読んでくれたけど、ここがおかしかったね」というようなことを指摘して、「それでは今度は先生が読んでみます」と言って、先生が読んでくれる。次に、「みんなで先生と一緒に読みましょう」ということになって斉読します。こういうことを何回も繰り返してやるんですが、そうやっているうちに、子どもたちは日本語の発音を自然にしっかり身につけていくわけです。

いまの小学校の国語の時間を見てみると、そんな授業はほとんどありませんね。教科書の文章自体が、非常に腑抜けたものばかりで、ぼくのものでさえ載るんですから(笑)。気の抜けたエッセイとか、そういうのがいっぱい載っていて、音読してもおもしろくないのです。日本人が長い間伝えてきた日本語、たとえば「祇園精舎の鐘の声。……」でも「最上川……」でも「春は曙」でもいいから、そういう文章を先生が読み、子どもたちに読ませることが大切だと思います。〉(前掲書142~143ページ)