金持ち課税
金持ち課税――税の公正をめぐる経済史(ケネス・シーヴ、デイヴィッド・スタサヴェージ 著/立木 勝 訳/みすず書房/3700円+税/236+58+ⅸページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Kenneth Scheve●米スタンフォード大学フリーマン・スポグリ国際問題研究所教授・上級フェロー。共著にGlobalization and the Perceptions of American Workers。
David Stasavage●米ニューヨーク大学ウィルフ・ファミリー政治学部教授。共著にStates of Credit: Size, Power, and the Development of European Polities。

過去200年の所得課税を丁寧に分析

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

先進各国でポピュリズムが台頭したのは、自由貿易や移民受け入れ拡大の恩恵を享受するのが富裕層ばかりで、多くの国民はむしろ損失を被っているという認識が広がっていることが背景にある。

現在、先進各国の所得税の最高税率は40%前後だが、1970年代頃までは70〜90%だった。格差が拡大しているのなら、再び引き上げられる可能性はないのか。本書は、過去200年の主要20カ国の所得税を丁寧に分析し、今後の富裕層課税の行方を探ったものだ。

19世紀を通じ富裕層への課税はほとんど行われず、累進課税が導入されたのは第1次世界大戦からだ。戦費調達の必要性から増税が行われた。ただ、当時は経済格差が大きく、共産主義や全体主義の台頭も懸念されていた。このため富裕層課税が容認されたとばかり評者は思っていたが、本書の分析はそれと異なる。

二度の総力戦は、徴兵を通じ多大な犠牲を国民に強いた。徴兵されない場合でも、戦時下で労働者は賃金を抑え込まれ、スト権なども抑制された。一方で富裕層は徴兵を回避しただけでなく、軍需の増大で、多大な戦時利得を享受した。そうした特権の埋め合わせとして、各国で富裕層課税が容認された。

各国で男子普通選挙が普及した時期とも重なるが、選挙権の拡大は必ずしも富裕層課税に直結していない。最高税率の引き上げで経済格差が縮小したのは事実だが、経済格差が拡大したから最高税率が引き上げられた、というのはデータ分析から確認されない。

課税には、人々の納得する公正さが求められる。「平等な扱い」や「能力に応じた課税」といったロジックは極めて重要だが、それだけでは当時の富裕層課税は説明できない。一般国民が兵役という現物納税を迫られる一方、富裕層は多大な戦時利得を獲得したため、それを相殺するという補償の論理によってのみ説明可能というのが本書の結論だ。

第2次大戦の後、大国間の戦争は回避され、軍事技術の進展もあって、大規模動員の時代は終わる。その後、高税率が維持不能になったのは、補償の論理が通用しなくなったからだ。レーガン、サッチャー時代に、低成長の打破を目指し最高税率が引き下げられたという通説は、説明の一つでしかない。

累進課税の強化が容易ではないとすれば、格差是正には、所得控除の縮小や社会保険料の上限引き上げを探るしかないということだろう。