この夏、テレビでは毎日のように日本全国の災害を見せられた。特にNHKは「災害チャンネル」のようだった時期もある。西日本の豪雨、異例のコースを通る台風、猛暑と次々に災害に見舞われたので仕方ないとも思える。

それでも過剰な報道はよくないと思うのは、それが続くと逆に視聴者が見なくなり、注意喚起が意味を成さなくなるためだ。報道機関が注意喚起を行うのはわかるが、「災害が起きているのにドラマを放送するのは不謹慎だ」などという批判を恐れて、アリバイづくりのためにこれでもかと災害を中継する姿勢には違和感を覚える。

なぜ過剰に走るかを考えると、10人のうち一人でも災害を伝える責任を唱えたとき、残り9人は伝える必要がないとは公式の場で言えなくなるからだろう。テレビ局はアリバイづくりをしたくて行っているのではなく、反論できない空気に弱くなっているのだと思う。

テレビ局だけではない。私たちも近頃、過剰な正論を振り回す人々に反論しなくなってはいまいか。身近な例は過剰なコンプライアンスである。正論を情緒的に叫ぶやからに、皆が無関心を装うのはよくない。本当は節度を持とうと公衆の面前で言い返す「大人の対応」がもっとあってよい。大人が沈黙しているから、変な空気に支配されるのだ。