安原弘展(やすはら・ひろのぶ)/1951年生まれ。同志社大卒。1975年にワコール(現ワコールホールディングス)入社。2005年執行役員、2011年(事業会社の)ワコール社長などを経て、2018年6月から代表取締役社長(撮影:梅谷秀司)

国内の婦人下着市場でシェア約2割を誇る、最大手のワコールホールディングス(以下ワコール、英調査会社ユーロモニター調べ)。同社が展開する中~高価格帯の「ワコール」や手頃な価格の「ウイング」は、多くの女性にとってなじみの深いブランドだろう。

下着に懸ける情熱は業界でも群を抜き、毎年約1000人の女性の体のデータを取って商品開発に生かすほど。1946年の創業以来、戦後日本では浸透していなかった洋装のブラジャーの認知・普及に先陣を切って取り組んできた。

そのワコールの牙城に食い込むのが、ユニクロを展開するファーストリテイリングだ。2008年に発売した「ブラトップ」を筆頭に、安価で着心地の楽な下着を続々と投入。中高年はもとより、ワコールが手薄とする10~20代の若年層も取り込み、この10年ほどの間でシェアを急速に拡大した。

ユニクロやネット通販など新たな競合が勢いを増す中、ワコールにとって今はまさに“変革期”といえる。今年6月には、創業者の長男で31年にわたり社長を務めた塚本能交氏が会長に退き、安原弘展氏が創業家以外で初の社長に就任。さらに8月末にはスポーツウエアを手掛けるデサントと業務連携を締結し、商品開発などの面で協業していく考えを表明した。競合対策や、開拓余地の大きい海外市場にどう挑むのか。安原新社長に今後の戦略を聞いた。

“キャンペーンパワー”は終わった

──創業家以外で初の社長です。打診されたときはどう感じましたか。

「創業家以外で初」と言っても、今までの社長は創業者とその息子の2人。創業家が5代や10代と続いてきた会社ではない。そういう意味では自分は事業会社(※ワコールホールディングス傘下の株式会社ワコールのこと)の社長を7年やっていたし、ワコールホールディングスの副社長もやっていたので、流れ的にはそうかなと(感じていた)。

(前社長の)塚本自身が数年前から「はやく代わりたい」と言っていた。70歳になり、年齢的なことも含めて決断されたのだと思う。だからいつまでも「俺がやる」と言う人が突然代わるような話ではなかったし、そういうことは2人でも話してきた間柄だった。

ワコールの製品を作るベトナム工場。商品作りは生地の裁断や縫製など、ほとんどの工程が手作業だ(写真:ワコールホールディングス)

──現状は婦人下着で国内シェアトップを維持しています。

私が事業会社の社長になった時、「国内でのシェアを上げよう」と言った。それまではシェアの意識があまりない会社だった。具体的に今シェアを何%取っているとか、詳細なデータを持って社内で論議することは意外となかった。やはりここはしっかりシェアを取りにいこうと進めてきた。

ただ一方で、国内は人口が増えないことも事実だ。それと2000年を越えてからかな、“キャンペーンパワー”が終わってきた。

──宣伝の威力が衰えてきたということですか。

1992年に発売した「グッドアップブラ」は、当時うちのブラジャーの6割がその品番で売れたほど、大ヒットを超える商品となった。“寄せてあげるブラ”と、ブラジャーの本来的な機能を訴えて300万枚くらい売れた。あの時代はそれに近いヒット商品もいくつかあった。それはすべて、「こんな良い商品が出来ましたよ、さあ皆さん買いにおいで」といった宣伝が効いていた。

ところがお客様の年齢層は広がり、今はお年寄りの方もブラジャーを付けて、好みも多様化している。昔のような売り出し方で獲得できるお客様は一部になって、その宣伝に全員が反応することもなくなった。もう一度お客様とワコールとの関係を考えると、「この商品はいいですよ」といってみんなに売ろうとするコミュニケーションのあり方には無理がある。

ライフステージに合わせた提案を強化

──大勢に対する宣伝手法を見直すとなると、どうやって顧客に訴求しますか。

われわれの経営の根幹として大事にしているのは、お客様との関係だ。その関係をもう一度、広く長く深く、見直していく。どうしてもメーカーなので、大勢のお客様向けのマーケティングをやりがちだが、売る場面では1対1の関係をいかに大切にできるかが、これからの日本のマーケットでのカギだと思う。そのためには顧客との関係をパーソナライズ化することが重要で、デジタルを使った顧客管理が必要になる。

ワコールとお客様との接点は、大半が百貨店などの売り場でのやりとりだ。伊勢丹で買うお客様は、髙島屋でも買っているかもしれない。ただ、そうした顧客の購買行動は今までまったくフォローできていなかった。当社は女性が幼少期から老齢期に入るまでの体型の変化に関するデータを1000人以上取って、商品開発をしている。それなのに、1人のお客様が若い頃からどういう商品を買われてきたかの履歴データは一切なかった。

「百貨店さんは顧客名簿をわれわれ(卸売りをするメーカー)と共有してくれるはずはない」と(業界認識が)あったが、これからの時代もそうというわけではないだろう。われわれがやりたいことを百貨店に説明して回り、売り場の枠を越えた顧客データのデジタル化がようやく完了した。

さまざまな量販店で目にするワコールの売り場。安原社長は「顧客との関係をパーソナライズ化することが重要」と強調する(写真:ワコールホールディングス)

──その顧客データをどう活用しますか。

お客様との関係の継続性を重視して、一人ひとりのライフステージに合わせたタイミングで、こんな商品があると提案する。さらに深いところでは、お客様の趣味嗜好に合わせたいろんな商品も紹介できる。ポイントの共通化も準備した。

顧客データは手段であり、データを取るのが目的になってはダメ。今はそこからどんなサービスを展開するかのメニューづくりをしている。来年春には、今まで出来ていなかったサービスを試験展開する。

先行投資がどうしても必要だが、今年度には仕上げも含めて新しいシステムの大枠が見えてくる。各チャネルの在庫も一元化して、もう少し効率よく投入量をコントロールしながら売れたところへ回すようにするなど、経営効率の改善を目指していく。

ユニクロは年齢を問わない

──若年層、中年層、高齢層と、顧客一人ひとりの年齢層に最適な​商品の提案を強化するということですね。少子高齢化が進む中で、これからはシニアの需要も大きくなります。

“シニア”をどう考えるか。シニアほど漠然とした概念でみんなが話しているマーケットはない。定年するまで、自分がシニアだと思っている人はいないと思う。ところが周りは平気で「あなたはシニアでしょう」と言う。シニアを65歳以上だと仮定したら、(75歳以上の)後期高齢者になるまでの10年間は2段階くらいあるのではないか。後期高齢者以降も、80歳以上とその手前で分けて訴求する必要がある。

シニアのお客様ともう一度向き合えば、下着が主ではあるが、違うサービスの拡充も考えられる。たとえば年齢層の高い方向けで、「らくラクパートナー」というブランドを展開している。下着もアウターもナイトウエアもあるが、ブラジャーの売り上げは5%くらい。いちばん売れる商品は室内着とアウターだ。

シニアの人がこれからどういう生活をして、日常で必要とするウエアは何なのか、よく考える必要がある。考えずにこのまま放っておいたら、(その需要は)全部ユニクロが取っていく。ユニクロは老若男女、年齢を問わない。だって、お孫さんと一緒のシニアの方が若いお嬢さんやお兄さんと同じところで買えるお店はユニクロくらいしかないでしょう。そう考えると、国内事業もまだまだやり尽くした感はない。

(第2回「女性の7割はサイズの違う下着を付けている」は9月8日公開予定)

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