WHAT HAPPENED 何が起きたのか?
WHAT HAPPENED 何が起きたのか?(ヒラリー・ロダム・クリントン 著/髙山祥子 訳/光文社/2000円+税/513ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Hillary Rodham Clinton●米国史上、初めて大政党の大統領候補となった女性。40年にわたり、弁護士として子供や家族のための公共サービスを提唱してきた後、2009年1月から13年2月まで国務長官を務めた。ビル・クリントン元大統領夫人、上院議員、母でもあり、祖母でもある。

生身の米国政治の体温を感じることができる

評者 慶応義塾大学環境情報学部教授 渡辺 靖

本書は2016年の米大統領選挙でドナルド・トランプ候補に敗れたヒラリー・クリントン元国務長官の回顧録。米国ではミリオンセラーとなった。

大統領選を勝ち抜くには豊富な資金力のみならず、広い国土を遊説に飛び回る強靭な体力、そして候補者討論会や中傷合戦に耐え抜くタフな精神力が必要だ。しかも予備選を含めると約2年間の長期戦。それゆえ敗れし者はしばらくの間茫然自失状態に陥るという。

ましてや、メディアも専門家も勝利を予測し、自らも勝利演説を入念に準備していたクリントン氏にとってのショックは計り知れない。ましてや排外主義的な暴言を吐き続けたトランプ氏に敗れた屈辱は想像を絶する。選挙後は「毎朝ニュースを読みながら、かさぶたを剥がされるような思いを味わった」という。

敗北演説直後にはジョージ・ブッシュ(子)元大統領から励ましの電話があったことも本書で初めて知った。党派対立が凄まじい昨今、民主党のクリントン家と共和党のブッシュ家が親密な関係にあることにホッとする。ブッシュ氏の一言でトランプ氏の宣誓就任式に参加することも決めたという。本書にはこうした舞台裏のやり取りが溢れており、生身の米国政治の体温のようなものを感じることができる。

ロシアによる情報介入、私用メール問題とFBI(米国連邦捜査局)による選挙目前の再捜査、「ヒラリーを投獄する」と連呼するトランプ氏とその支持者、白人労働者を軽視したという指摘、女性政治家であることの受難……。こうした点についても本人の想いが赤裸々に綴られている。

評者にとって最も読み応えがあったのは、彼女が失意の底からどう自分を立て直していったかである。もちろん家族や友人からの支えや、古典や偉人の言葉も大切だったが、一番の救いは、今度は自らが行動を起こすと語る若い支持者の声だという。これは政治家とか米国人といった枠を超えた、とても深い悟りに思える。

評者が米国政治を観察するようになって以来、そこにはいつもヒラリー氏がいた。その彼女も70代になり、祖母となった。これまでも彼女の著書は読んできたが、今回、初めて「政治家」としてではなく、「人間」としてのヒラリーに触れることができた気がする。

そして、その姿をもっと選挙中に感じることが出来たなら……とも。