8月8日午後6時43分、沖縄県の翁長雄志知事が膵(すい)がんで、沖縄県浦添市の病院にて逝去された。67歳だった。あまりにも早い死だ。辺野古新基地建設をめぐる中央政府との軋轢が、翁長氏の死を早めたことは間違いない。

8日午後5時50分に翁長氏の秘書から筆者に電話があった。「これまで佐藤さんにいろいろな局面で応援していただいてどうもありがとうございました。特に先週土曜日(8月4日)の(琉球)新報のコラムを読んで、知事はとても喜んでいました。昨日(7日)から容態が急変し、意識が混濁し始めました。先ほど、謝花(喜一郎)副知事が会見を行って、知事の職務代理を置くことを発表しました。これで情勢が大きく変化することになります。知事は佐藤さんにとても感謝していました」という話だった。

筆者は琉球新報に「ウチナー(沖縄)評論」と題する連載コラムを持っている。8月4日のコラムに筆者は、〈健康状態を考えた場合、翁長氏は、沖縄のために文字通り命を差し出すつもりだ。筆者も東京に住む一人の沖縄人として、翁長氏のような指導者がいることを誇りに思う。翁長氏の中に筆者は沖縄人の矜持を見る。(中略)次期県知事選挙にも、是非、翁長氏に出馬して欲しい。(中略)危機に直面したときにこそ沖縄人は底力を発揮する。文化によって政治を包み込んでいくのだ。現状を冷静に見た場合、政治的な権力闘争と異なる位相で、すべての沖縄人の利益を代表できるのは翁長雄志しかいないと筆者は確信している〉と記した。

翁長氏は、自分の持ち時間が少なくなっていることを意識しながら、最後の瞬間まで、構造化された沖縄差別を脱構築する闘いに取り組んでいた。そして、執務不能になった場合の手順について、秘書や側近に伝えていたのだと思う。その中には筆者を含む有識者へメッセージを伝えることも含まれていたのだと思う。