国際政治学者のフランシス・フクヤマ(65)。米スタンフォード大学でシニアフェローを務める(Getty Images/NurPhoto)

トランプ米政権の登場や、欧州各国での右翼勢力の台頭あるいは左派ポピュリズムの躍進で、戦後世界を支えてきた自由で民主的な国際秩序の将来を危ぶむ声が聞かれる。欧米の混乱を尻目に、中国やロシアの権威主義体制が勢いを増している気配だ。

実際、中国やロシアに隣接する東南アジアや東欧では、軍事政権が復活したり(タイ)、強権的権威主義体制に移行したり(ポーランド、ハンガリー、カンボジアなど)する国がいくつも見られる。約30年前のベルリンの壁崩壊による冷戦終結前後から始まった、世界的な民主化の流れを考えると、時代は逆行しだしたようだ。

そんな時代背景の中で筆者は、「(フランシス・)フクヤマは今、どう考えているのか」という問いかけを受ける。著書のいくつかを筆者が邦訳し、交友もあるためだ。真摯に問う声もあれば、皮肉交じりの場合もある。後者は、フクヤマが冷戦終結前後に唱えた「歴史の終わり」論への当て付けだが、多分に誤解もある。

フクヤマの「歴史の終わり」論は、出来事の生起としての歴史的時間が終わり、平穏が訪れると予言したわけではない。政治制度の最終形態は自由と民主主義しかないという意味であって、それらへの希求が人類すべての中にあるとも説いてはいない。ただ近代化への希求が普遍的であり、その結果として自由と民主主義に行き着くと主張しているにすぎない。