〈危機の領域〉: 非ゼロリスク社会における責任と納得 (けいそうブックス)
〈危機の領域〉: 非ゼロリスク社会における責任と納得 (齊藤 誠 著/勁草書房/2600円+税/429+42ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
さいとう・まこと●一橋大学大学院経済学研究科教授。専門はマクロ経済学、金融経済学、財政学、金融論。 1960年生まれ。京都大学経済学部卒業。米マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。住友信託銀行調査部、加ブリティッシュ・コロンビア大学経済学部などを経る。

丹念に検証し社会の在り方を問う

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

仮に、地震の発生確率を正確に予測できるのなら、発生確率に損害額を乗じた規模の対策を取ればよい。発生確率が低いのなら、対策費はかなりの確度で無駄になるが、甚大な被害が訪れるとすれば、対策を取る価値があるだろう。ただ、多大な対策費の捻出で、我々は日々の生活水準を切り下げなければならない。より大きな問題は、現実には、地震予知が極めて難しく、費用をかけた対策が効果的かどうかも不確実なことである。

危機の予測だけでなく、危機を回避するための対策についても、科学的根拠が十分でない場合、我々はいかに対応すべきか。本書は、日本を代表するマクロ経済学者が地震予知と災害、原発危機、金融危機、財政危機など大きな不確実性を伴う「危機の領域」について、丹念に検証し、危機に対する社会の在り方を問うたものだ。市場規律の貫徹だけでは解決できない難問を深く掘り下げた好著である。

人間には、ゼロリスクを志向する性癖がある。低いリスクであっても、一度認識すると甘受できなくなる。また、意思決定の際、不確実性が大きいと、超楽観のバイアスと超悲観のバイアスの間で揺れ動く。大地震や大津波も遭遇前はそのリスクを軽視していたが、一度経験すると過剰に反応する。マクロ経済政策についても、危機回避を大義名分としたコスト度外視の大胆な政策が、政治的な支持を得て、繰り返される。

十分起こり得るバッドケースも、ワーストケースと十把一絡げにして、思考停止に陥ることが少なくない。たとえば財政危機については、ワーストケースであるハイパーインフレが訪れるか否かという極論に議論が終始し、財政再建の先送りが続けられる。ハイパーインフレの可能性は低いが、このままでは高率のインフレが訪れるバッドケースが避けられないのではないか。

不確実性があまりに大きく、科学的に確たる解が得られない「危機の領域」においては、行政や専門家は完全無欠ではなく、その責任を問うだけでは解決にならない。著者は、専門家や行政、市民が自らの利害関係からいったん離れて、対等な立場で熟議を行い、合意形成することの必要性を強調する。であれば政策が失敗しても、社会の構成員それぞれが納得し、受け入れられる。

政治の風景を眺めると、我々は熟議が困難な時代に迷い込んだようにも見える。しかし、不確実性の大きいリスクの時代に生きるからこそ、益々、熟議が必要なのである。