ドストエフスキーの新訳で知られ、スターリン体制と芸術家の関係を研究してきた著者。最新刊では、人々が本音を語れなかった時代に、ショスタコーヴィチが自らの音楽に何を刻み込んだのかを読み解き、その人生に迫っている。

ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光
ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光(亀山 郁夫 著/岩波書店/3300円+税/398+43ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

──音楽の音そのものやフレーズの一つひとつの意味を丹念に解き明かしていく手法に驚きました。

文学者としてのメンタリティで作曲家の心を読み解いていこうとした。ショスタコーヴィチは10代からドストエフスキーを読んでいて、おそらくどんな作曲家よりも文学的だった。20世紀の多くの作曲家が12音技法などを発展させ音楽から意味を剥奪していく中で、彼は意味が大事だと考え、どうやって意味を持ち込むか、そこに徹底してこだわった。音を限りなく言葉に近づける。弦楽四重奏曲を聴いていると、もう音が言葉に転化して翻訳できそうなほど語りかけてくる。最高傑作といわれる交響曲第4番や第8番では、音ではなくドラマを書いている。

──1906〜75年に生きたショスタコーヴィチは「生粋のソヴィエト人で絶後の作曲家」だと。

生涯がすっぽりとソヴィエト連邦の時代にはまる「ホモ・ソヴィエティクス」だ。革命家の家系なので、出発点では純粋な心で社会主義の理想を持っていた。

──30年代後半の大粛清を生き延び、スターリンとの関係をめぐって毀誉褒貶(きよほうへん)があります。たとえば、交響曲第5番など……。

第5番はスターリンのために書いた。ショスタコーヴィチをかわいがっていたトゥハチェフスキーの銃殺に注目し、交響曲第5番第3楽章は彼に対する追悼だという推測もある。だが、私はそうは思わない。トゥハチェフスキーもソ連の厳しい軍人で残酷な行為をしていたことを作曲家は知っていたはず。彼がスターリン主義に幻滅しきっていたのかどうかは疑問だ。