
これまで来た道を引き返すことを提案
評者 上智大学経済学部准教授 中里 透
7月30〜31日に開催される日本銀行金融政策決定会合では、物価動向に関する集中点検が予定されている。今回の会合では、物価はなぜ上がらないのかが議論の焦点となる見通しだが、本来なら、この5年余の金融政策についての「総括的検証」も併せて行うことが必要であろう。本書はこの作業を行ううえで有益な手がかりを与えてくれる。

2013年4月に量的・質的金融緩和が導入された時、そこには明快なメッセージが込められていた。それは、「物価は貨幣的現象」であり「大胆な金融緩和で家計や企業の期待を動かせば、物価は上がる」というものだ。異次元緩和は円安株高を通じて景気回復と物価上昇をもたらし、14年の春先には上昇率2%の物価安定目標が手に届くところまで近づいたかに見えた。
だが、消費増税後の景気の減速と14年夏からの原油価格の下落があいまって、物価上昇のペースは大幅に鈍化した。こうした状況のもとで、16年2月にはマイナス金利政策が導入され、同年9月には長期金利にも誘導水準を設ける措置が採られることとなった。
これらの政策は「非伝統的な金融政策」の枠組みに属するものであるが、本書では物価水準の財政理論(FTPL)の視点も踏まえつつ、見通しのよい解説がなされている。政府の債務(国債)と中央銀行の債務(貨幣)を「統合政府」(政府と中央銀行)の共通の債務と考えるFTPLでは、「物価は財政的現象でもある」ということになるから、この枠組みを利用すれば、財政・金融政策と物価の関係を統一的な視点から捉えることが可能となる。
すなわち、減税が恒久的なものと受けとめられれば、家計や企業の期待の変化を通じて物価上昇が実現する。ゼロ金利のもとでは国債と貨幣が完全代替となるから、単純な量的緩和は物価を押し上げる効果をもち得ない。これらのことは、消費増税後に物価が弱含みとなったことや、異次元緩和が所期の目的を十分に達成できなかったことを理解するうえでも示唆に富む。
「金融政策に未来はあるか」は実に難しい問いかけだ。著者はこれまでの取り組みに一定の理解を示しつつも、過度な金融緩和のリスクを懸念して、これまで来た道を引き返すことを提案している。もっとも、その心配が行き過ぎてデフレに逆戻りとなれば、「この道はいつか来た道」となりかねない。黒田日銀の行路には、どのような景色が広がることとなるのだろう?