星野佳路(ほしの よしはる)/1960年生まれ。米コーネル大学大学院を経て、日本航空開発(旧JALホテルズ、現オークラ ニッコーホテルマネジメント)に入社。1989年に帰国後、実家の星野温泉に入社するも、半年で退職。シティバンクを経て、1991年に星野温泉に戻り、社長に就任。現在はグループの代表を務める(記者撮影)

八ヶ岳や北海道のトマム(占冠村)など、経営不振のリゾートホテルの再建に辣腕を振るってきた星野佳路・星野リゾート代表。その経営手法は、たとえば夏場の集客に苦戦していたトマムで夏場に雲海が見える「雲海テラス」を開業し、魅力的な観光資源を作ることで、「観光客が行く理由を作ってきた」点にある。

同社は今、都市型ホテルの新ブランド「OMO」(おも)で開業攻勢をかける。4月28日に北海道の旭川グランドホテルをリブランドし「OMO7 旭川」を、5月9日には新築のホテルとして、東京都豊島区に宿泊特化型(注:レストランや宴会場を持たない、ビジネスホテルのように、宿泊に特化したホテル)の「OMO5 大塚」を相次いで開業した。OMOの数字は提供するサービスの幅を現す。

特に、旭川では都市にあるグランドホテル(宴会場、高級レストラン、宿泊をそなえ、格が高いとされるホテル)を改装し、立て直しを図る。そこで星野氏が唱えたのは「ビジネス客を忘れる」ことだった。その意味とは?星野佳路代表に聞いた。

最大公約数では通用しない

──旭川グランドホテルをリブランドした際、「ビジネス客を忘れよう」「観光客のことだけを考えよう」と話したそうですね。

都市部の多くのホテルはビジネス客と観光客の両方をターゲットにしています。ビジネス客と観光客では、価格に対する値頃感やサービスへの要求も違う。両方に好かれようと思うと、最大公約数になってしまう。

片方を捨てる……とまではいかないけれど、「観光客のことだけ考える」と今までできなかったことをできるようになる。こうしたセグメンテーションは、やればやるほど、競合との差別化になります。

──すでに観光客をターゲットにしたホテルはあるのではないですか。

彼らはビジネス客のことを忘れてない、忘れられなかった(笑)。いろんなサービスを考えていくと、ついビジネス客からどう思われるか、考えてしまう。中途半端になってしまうんですね。ここで未練を持ってはいけないんですよ。

当社のように振り切っていくと、「ご近所専隊OMOレンジャー」のような発想が出てくる。OMOレンジャーは、ホテルのスタッフがホテル周辺の飲食店や小売店、観光スポットなどをガイドするもの。無料のものもありますが、宿泊1人あたり1000円(飲食費などは別)でご提供しています。サービスの内容は変わっていく。都市観光客、お客様の声をどんどん取り入れていこうと思っています。

「OMO7 旭川」はかつては「旭川グランドホテル」という名称だった。市役所の目の前に立地し、地元の会議なども多く開かれている(記者撮影)

──旭川市には「旭山動物園」がありますが、周辺の富良野、帯広といった地域に比べ、観光資源が少ない印象があります。

かつて、トマムも魅力がないといわれました。実はそうではなく、魅力を正確に情報発信できていないだけ。雲海も大昔からあった。楽しむ手法・演出を変えただけです。

旭川もまったく同じ。19時に閉まってしまうけれど、こだわりのおいしいラーメン屋など面白い店がたくさんある。そういう魅力が、正しく情報発信できていない。それを日本全国・世界に情報発信していくのが、グランドホテルのような都市型ホテルの新しいあり方だと思っています。

こうした都市部のグランドホテルは、今までは(街中の飲食店と)戦っていたんです。できるだけホテル内のレストランを使ってください、という気持ちがどこかにあった。でもそうした提案は、観光客にとって余りありがたくないんです。

町場にいいレストランがたくさん誕生した。ホテルの役割は変わらなければならない。地方都市のグランドホテルのレストラン部門がやるべきことは、顧客に対するシームレスなサービスの提供です。ルームサービスもあるかもしれないが、観光に来ているので「食べられればいい」という話ではない。

ホテルにとっては宿泊が最大の収益源です。ホテル内のバーやレストランから出ている利益率はそんなに高くありません。そこで競争しても仕方ない。周りにはジンギスカンから旭川ラーメンまであるけれど、早く店が閉まる。閉まった後に出番があります。役割分担として、周りの事業者をサポートすること。そこをシームレスで、周りと役割分担できるかが、OMOの根本の発想です。

客室数は237室、1泊5000円からで一部の客室をリノベーションしている(写真:星野リゾート)

4つの部門を超えた再配分は難しい

──なぜこれまでグランドホテルはそうしたサービスを提供できなかったのでしょうか。

1度できあがってしまった4つの(宿泊、料飲、宴会、ブライダルという)部門がそれぞれに収益を追い求めている。4事業を超えたリソースの再配分は組織として勇気のいることだし、なかなか難しい。

ホテルやリゾートを経営していて思うのは、スタッフはみんなすごくまじめで頑張ろうとするからサービスを追加することは得意だけど、止めることが不得意ですね。

──地元の名門ホテルのスタッフが「OMOレンジャー」になるには抵抗があるかもしれません。

昔のホテルマンというか、「これが一流ホテルのホテルマンたる、あり方だ」と言っている姿が、格好よく見える時代ではない。

今、運営している「青森屋」(青森県三沢市)では「毎晩、ねぶたを踊ろうぜ」と言っている。かつて社員たちにとってねぶたは格好いいことではなかったし、地方の方言は恥ずかしいことで、津軽弁は隠してきた。

今ではねぶたを通して、「青森ってすてきだな」と思い、津軽弁をしゃべっている。津軽弁でお出迎えして、津軽弁で接客すると顧客が喜ぶ。お客様が変わったし、旅の定義が変わった。顧客が求めているのは、方言を含めた地域らしさ。その地域らしさを表現することがホテルマンとしてかっこいいことになってきた。だから、そっちへ向かって行かなければならない。

5月に開業した「OMO5 東京大塚」。カリフォルニアレストランのシズラーが入居する(記者撮影)

──西洋ホテルの歴史とは、どんな国や辺境に行っても、ホテルに行けば一定の水準のサービスが受けられることが売りだった。それは変わったのでしょうか。

世界の旅行者の洗練度が上がっているんです。昔は欧米の有名ブランドが世界中にホテルを建てるときはスタンダード化で、日本でもエジプトでもホテルの中に入れば有名ブランドの世界がある、西洋の快適さがどこの国でも保障されていることが価値だった。

ところが今はどこに行っても、ホテルは快適になりました。世界の旅行が変わり、有名ホテルに行けば部屋に冷蔵庫がある、温かいシャワーがでるとか、そういったスタンダード化が価値である時代ではなくなったんです。冷蔵庫は当たり前、快適な空調は当たり前になった。

その次に、世界の旅行者が求めてきたものが“地域らしさ”です。世界の需要の洗練度にあわせて、私たちも変わらなければならない。日本の地方のグランドホテルも変わらなければならない。

日本の地方都市は江戸時代の幕藩体制で藩ごとに独立して、地域文化はものすごく増えた。食べ物から習慣から、言葉から……こんな小さな地域でも、地域ごとに魅力がある。それが観光資源になる時代になる。そこを表現することは、格好悪いことではなく、格好いいことになってきます。

──OMOが開業して2カ月近く経ちました。旭川と大塚の感触はいかがですか?

感触は、「すごい満足している人」と「すごい不満を言っている人」に大きく分かれています。

軽井沢の時と似たところがある

──どうしてですか?

2005年に「星のや軽井沢」を開業した時、ホテルの部屋からテレビをなくしたんです。あの時にすごく満足している人と、すごく不満を言っている人に分かれたんですよ。あれと似ていますね。

そのときに面白いお客様がいて……よく覚えていますけど、お盆の時に1週間予約して泊まってくれて、着いた日に「これだけ高い旅館リゾートでテレビがないってどういうことなんだ」と激怒し始めました。でもお盆の時はほかの施設もいっぱいでほかに泊まる場所がない。毎日クレームを言いながら泊まっていた。

ところが4~5日したらクレームが止まり、帰るときには「テレビがないってこんなにストレスフリーだったんですね」。そのお客様にはリピート利用していただいています。最初びっくりするんだけど、その良さみたいなものを改めて感じていただけるチャンスもあるのではないか。ああいう特別な商品に関してはそう思っています。

OMOレンジャーのサービスは、意外に関東の人たちが何回もリピートしていたりする。その一方でたとえば大塚では、年配者の方から(ベッドが客室の2階にあることから)「こんなもんホテルじゃない」と言われることもあります。これまで世の中になかったものを出すわけですから、仕方のないプロセスなんですけれども。