星野佳路(ほしの よしはる)/1960年生まれ。米コーネル大学大学院を経て、日本航空開発(旧JALホテルズ、現オークラ ニッコーホテルマネジメント)に入社。1989年に帰国後、実家の星野温泉に入社するも、半年で退職。シティバンクを経て、1991年に星野温泉に戻り、社長に就任。現在はグループの代表を務める(記者撮影)

「日本の旅に欠かせない温泉旅館。その数ってご存じですか? どんどん減っていってるんですよ。特に東京では、なくなったと言えるくらい減ってしまった」──と、星野リゾートの星野佳路代表は言う。

7月27日、星野リゾートは箱根に新たな温泉旅館「界 仙石原」を開業した。客室にはすべて温泉の露天風呂がついている。客室数は16室、1泊2食付きで、1人3万7000円から(2人1室の場合7万4000円~)。

星野リゾートは高級温泉旅館「界」の開業を加速させている。コンセプトは「王道なのに、あたらしい」。その地域の伝統文化や和の趣を取り込みながら、伝統的な日本旅館の良さや温泉文化を体験できる事に重きを置いている。そのため、同じ「界」ブランドであっても、地域によって建物の作りが大きく違う。「土地の魅力を生かしたご当地部屋やご当地楽(現地の伝統工芸や芸能などを無料で楽しめるサービス)を展開しているのが差別化のポイント」(会社側)という。

星野リゾートは2011年10月に、まず運営を請け負っていた津軽(青森県)、松本(長野県)、出雲(島根県)、阿蘇(大分県)という4つの温泉旅館を「界」ブランドに転換。その後も、運営を請け負った20~50室程度の旅館一部を「界」で運営している。

2020年までに20軒、それ以降に30軒体制を確立する戦略を進める。それだけの規模になれば、約1000室規模になり、「日本の温泉旅館といえば『界』というような1つのブランドとして確立する」(会社側)。

今回、開業した「界 仙石原」は15軒目の界ブランドになる。コンセプトは「アトリエ温泉旅館」。その狙いはどこにあるのか。星野リゾートの星野佳路・代表に聞いた。

仙石原には美術館が集積している

──日本旅館はなぜそんなに減ってしまったのですか?

日本旅館は日本の文化を体験する場所としてはいいんだけれど、宿泊施設としての快適性とか合理性、心地よさということでいくと、西洋ホテルのほうが便利だよねということが、減ってきた理由だと思っています。

西洋ホテルの特徴は部屋の中だけがプライベートで、1歩出たら廊下からもうパブリックな場所ということ。ホテルの中にあるパブリック機能って、レストランとか、カフェとか、ラウンジとか、大体ビジターが使っているじゃないですか。

日本旅館は入った瞬間、靴を脱いでもらったときからセミプライベートな空間が広がっています。その心地よさは、ちょうど自分の家にいる心地よさなんですよね。自分の家には自分の部屋があるじゃないですか。自分の部屋を出たとたんにセミプライベートなんですよね。親兄弟がいたり、違う人がいたり、素っ裸で台所にいる人はなかなかいないわけですよね。

だから、ホテルの部屋以外の場所がパブリックなのが西洋ホテルで、セミプライベートなのが日本旅館。これが私の定義なんですよ。

「界 箱根」の32室に比べ、エリア2軒目となる「界 仙石原」は16室とやや小ぶりな施設だ(写真:星野リゾート)

──箱根にはすでに「界 箱根」があります。同じ箱根エリアの仙石原にもう1つ開業する理由は何でしょうか。

箱根らしさのいいところはほとんど界 箱根が取っちゃっています。界 仙石原を、どう違うかをしっかり表現するのが大きなテーマでした。その中でお客様やマーケットが意外に知らない「箱根の多様性」って何だろうと考え始めました。知らない面に焦点を当てて、「もう一度箱根には多様性があるんですよ」と表現するのが、2号店である界 仙石原の役割なのではないかというところから始まったんですよね。

いろんな話題が出てくる中で、たどり着いたところがアートだった。見ていただくと周りに(ポーラ美術館など)レベルの高い美術館がすごくたくさんあるのが特徴だと思う。日本の地方でレベルの高い美術館がこれだけそろっているところもないし、周辺に住んでいる方のアートへの思いや実際にアーティストの方も住んでいたりとか、意外と私たちも知らなかった側面に出会いました。

そこをしっかりと表現することによって、箱根の多様性みたいなことを伝えていけるだろうということで、「アトリエ温泉旅館」というコンセプトワードが出てきて、表現の内容に入っていきました。

客室は60平方メートル超と広めの作り。国内外のアーティストが手掛けた作品がそれぞれ飾られる

──今回は、国内外のアーティストを呼んで、箱根に滞在してもらいながら作品を作るアーティストインレジデンスという取り組みを実施しています。

アートで行こうとなった時、美術館の皆さんにお話を聞きに行った時、「箱根らしいアートって何でしょうね」という話になりました。

箱根って箱根らしいアートがあるわけではなく、食事についてもすごく有名な食材があるわけではない。ただ、ここに集まるという要素がすごくある。アーティストの方々にここへ来てもらい、インスピレーションを受けた作品を描いて、残してもらう。そういうアーティストインレジデンスをご提案いただいて、それならわれわれにぴったりだと思った。

もう1つはどうやってお客様にアーティストになってもらえるか、どうやったらスタッフがアーティストになれるかということ。ただ、部屋の中にアートを飾りましょうということではなく顧客、スタッフがアーティストになれる旅館、そういう方向に発展していきました。

宿泊客も無料で手拭いに色付けや絵付けの体験ができる(写真:星野リゾート)

──施設内にアートを置いてあるホテルや旅館は今までもありました。