1992年の米大統領選挙を思い出す。当時の米国は自信喪失状態。GDP(国内総生産)はマイナス成長で失業率は7%台。「冷戦に勝ったのは日本だった」などと語られていたものだ。

この年の予備選挙で、民主党のボブ・ケリー上院議員はアイスホッケーのゴールポストの前に立ち、「この国を日本製輸入品から守る」というCMを流した。ところが「日本たたき」は不評で、ケリー候補は早々に選挙戦から撤退する。その後、経済的苦境を他国のせいにするレトリックは姿を消した。

この年の選挙を制したのは、ビル・クリントン知事であった。彼は労組の会合でも、「米国に必要なのは教育だ」と言い放った。問題は他国にではなく国内にある。もっとも地元アーカンソー州で「スリック・ウィリー」(抜け目のないビル)と呼ばれていただけに、具体的な国名を挙げることなく「貿易問題には強く当たる」とも述べていた。案の定、大統領就任後の対日通商圧力は厳しいものになる。