知性は死なない 平成の鬱をこえて
知性は死なない 平成の鬱をこえて(與那覇 潤 著/文芸春秋/1500円+税/310ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
よなは・じゅん●1979年生まれ。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程を経て、2007年から15年まで愛知県立大学日本文化学部准教授。専門は日本近代史、現代史、東アジア地域研究。博士(学術)。著書に『中国化する日本』など。

知性とは方法であり学ぶ対象ではない

評者 兵庫県立大学大学院客員教授 中沢孝夫

「躁うつ」を患って大学教師を辞めた著者が、入院やカウンセリングなどの精神の遍歴を記録しながら、自分が生きた時代の「知」の内実を記録した本である。

1989年の東欧の社会主義圏の崩壊とともに始まり、2017年のドナルド・トランプ米国大統領の就任に象徴される状況の中で終焉を迎えようとしているのが、和暦の元号「平成」が冠された29年間である。著者によればその「平成時代」とは「戦後日本の長い黄昏」なのだが、「黄昏」の内実はリベラルといわれた「知性主義」の崩壊過程でもあった。

たしかに日本の現実を見ると、集団的自衛権に関する憲法学者の大衆的説得力の無さはもはやマンガとすらいえる。だがそれは世界の潮流の一般性の中にある。

インテリたちの描いた社会秩序のグランドデザインは、世界的に有効性を失っているのである。EU(欧州連合)の揺らぎも、その一環であるといえよう。

しかし著者にいわせると、それは反知性主義の勝利ということではない。反知性主義の原語であるアンチ・インテェレクチャリズム(Anti‐intellectualism)は、知性そのものの否定ではなく、「反権威主義」「反インテリ主義」といった意味であるとの見方もあって、著者自身としては「反正統主義」との表現がニュアンスとしては近い、と考えていると述べる。

「大衆」による既成の権威への不同意という「自由主義」、自分の仲間をつくろうとする「民主主義」も反正統主義の申し子である、と本書は述べている。たしかに既成の権威の否定は知性の働きそのものである。

もともと世界は言語も宗教も民族も部族も各種習慣も、またそれらが織りなす物語もあまりにも多様である。それゆえに世界の秩序が「安定」することはありえない。第2次世界大戦後の世界秩序を形成した、米国も旧ソ連も「自分主義」という多様性の一角に戻りつつある。

詳しくは本書を読んで欲しい。評者は第1章から第3章まで著者の病気の話は、冷たいようだが関心が持てなかった。そのような経過によってたどり着いた第4章、第5章の「知の点検」は、現代の大学のあり方への疑義を含めて、大きな議論に値する内実を備えている。

著者は「知性とは学ぶ方法のことであって、学ぶ対象をさすものではない」と語るが評者もそれに同感する。