知ってるつもり――無知の科学
知ってるつもり――無知の科学(スティーブン・スローマン、 フィリップ・ファーンバック 著/土方奈美 訳/早川書房/1900円+税/310ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
Steven Sloman●認知科学者。米ブラウン大学教授(認知・言語・心理学)。『Cognition(認知)』誌の編集長を務める。
Philip Fernbach●認知科学者。米コロラド大学ボルダー校リーズ・スクール・オブ・ビジネス教授(マーケティング論)。

懸念すべき集団浅慮の深刻化

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

高度な文明を生み出す人の知性はいかに優れているのか。1950年代にコンピュータの実用化が始まった頃、脳機能への類推から、人の知性を研究する認知科学が創成期を迎えた。後に研究でわかったのは、知性の素晴らしさより、その限界だった。脳の記憶容量は1ギガバイト程度で、この書評を書くのに用いるパソコンの100分の1に満たない。

本書は、人は自分が思うよりはるかに無知で、その自覚の欠如が不合理な判断や行動につながり、時に社会へ悪影響をもたらすことを認知科学の専門家が論じたものだ。

世界はあまりに複雑で、我々はすべてを理解できないため、意思決定に役立つ情報だけを抽出するよう人間は進化した。脳内にはわずかな情報のみを保持し、必要に応じて自らの身体や外部環境、特にコミュニティに蓄えられた知識を利用して思考する。人の外部記憶装置は脳ではなく、コミュニティにあり、知的分業で人類は進歩してきたのだ。それ故、個に限界があっても、素晴らしい成果が達成されてきた。

しかし、だからこそ我々は自分が何でも知っていると錯覚し、過ちを犯す。脳の内側と外部にある知識をシームレスに活用するため、区別がつかないのである。

知識コミュニティの活用にも問題がある。無自覚に依存するため、時として集団浅慮(グループシンク)に陥る。米国では深刻な党派的対立が少なくないが、たとえば国民皆保険を目指したオバマケアに反対したグループは、調査すると、何に反対したのか実は理解していない。

人工知能の発達で超絶知能が生まれ、大きな社会的脅威になると懸念する人もいるが、本書はもし誕生しても、それは知識コミュニティにほかならず、人がコントロール可能と楽観的だ。ただ、知識コミュニティに過度に依存するのなら、懸念すべきデジタル革命の負の側面は、集団浅慮の深刻化だろう。専門知を無視した政策がソーシャルネットワークを通じ支持されている。

偉業をなし遂げた個人が歴史に記憶されるが、知性の営みの本質は集団的なもので、多くは集団の成果と論じる。知性をIQで測るのではなく、集団への貢献として測るべきだと提案する。正論だが、自らの知性の限界を自覚できないから、指導者が集団の成果を自らの手柄と誤認するのだ。

自らの無知への自覚を高めると同時に、知識コミュニティの弊害を抑える仕組みの導入が必要である。