「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか
「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか(神津多可思 著/日本経済新聞出版社/2000円+税/292ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
こうづ・たかし●リコー経済社会研究所所長。1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役などを経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員、16年から現職。

ほしい資産価格変動の一般物価への影響分析

評者 上智大学経済学部准教授 中里 透

異次元緩和がスタートして5年が経過した。消費者物価の上昇率(対前年同月比)は2014年の春に1%台半ばに達したものの、消費増税後の景気の減速と原油価格下落の影響などによってその後は上昇のペースが大幅に鈍化し、足元では上昇率が0%台後半にとどまっている。

このように2%の物価安定目標の達成は見通しにくい状況にあるが、こうした中で金融政策の運営を考えるにあたっては、物価が思うように上がらないのはなぜなのかということを改めて点検することが必要であろう。本書はこの作業を行ううえで有力な手がかりを与えてくれる。

著者によれば、1990年代以降の日本経済は「マイルドなデフレ」によって特徴づけられる。そして、この背景には長期にわたる供給超過=需要不足の継続という現象がある。バブル崩壊と97〜98年の金融危機、グローバル化の進展、人口減少社会への移行といった累次のショックが、経済の供給面における構造調整の遅れと慢性的な需要不足を惹き起こし、物価の弱い動きをもたらしたと著者は言う。

もちろん、この間に財政政策・金融政策による積極的な政策対応がなされ、その対応が奏功する局面もみられたが、デフレ経済の慣性を大きく反転させるまでには至らなかった。これらの点を踏まえたうえで著者が提案する金融政策の運営スタンスは、短期決戦で物価目標の達成を目指すというよりは、緩和的な金融環境の継続を通じて、日本経済の供給面における構造調整を長期にわたってサポートしていくというものだ。

本書に付け加えるべき点があるとすれば、それは資産価格(株価・地価・為替相場)の変動が一般物価の動向にどのような影響を与えたのかをさらに詳細に分析することであろう。消費者物価が継続的に下落するようになったのは98年の年央からであるが、この時期は株価の下落と金融システムの不安定化が生じた時期と重なる。脆弱性はなお残るものの、物価上昇率が基調的にプラスの領域で推移するようになったのは、円安株高が進行した13年の年央のことだ。

このような時期の符合に何らかの因果関係があるのかはすぐれて実証的な問題だが、非伝統的な金融政策の役割を考えるうえでも興味深い出来事だ。この点も含めて詳細な分析を行うと、マクロ経済政策と物価の関係について、さらに広い視点からの考察が可能となるかもしれない。