東京都渋谷区代官山町といえば、原宿、表参道と並び称されるおしゃれなファッション街として人気の街だ。しかし、代官山のファッション街としての歴史は意外と浅い。このような名称でもてはやされるようになったのは、1980年代後半の平成バブル以降である。それまでは渋谷の後背地として、松濤や桜丘町などと同じような閑静な住宅街だった。

代官山は渋谷区の南東部にある。渋谷─恵比寿間を走るJR山手線と、青山・表参道方面から下る八幡通り、そして東急東横線に挟まれたごく狭いエリアに存在する。

だが、代官山のおしゃれで気品のある街としての印象を強く打ち出したのは、隣町の猿楽町で開発された「ヒルサイドテラス」だろう。

ここは甲州武田家に仕えたとされる朝倉家が土地を所有してきた。1967年、オーナーの朝倉家と建築家である槇文彦氏とが組んで「代官山集合住宅計画」を立ち上げたのが同テラス開発の始まり。敷地内では住宅を中心としつつも街としてのにぎわいを創出できるように、旧山手通り沿いの低層部に商業店舗を設けて話題を呼んだ。開発に約30年かけ、98年に「ヒルサイドウエスト」が完成した。

96年には東急東横線の代官山駅前にあった「同潤会代官山アパートメント」36棟の再開発が始まり、2000年に「代官山アドレス」としてオープン。時代を反映した地上36階建て、総戸数387戸の超高層マンションとして生まれ変わった。敷地内には「ディセ」という商業施設や渋谷区代官山スポーツプラザも誕生した。

このようにして、これまでの高級住宅地としての面影を残しつつ、最先端のファッション店舗や物販・飲食店、超高層住宅などの新しい機能を取り込んできた代官山は、リクルートが調査発表する「住みたい街」ランキングでも上位の常連となったのである。

かつて多くあったブティックが閉店