日本の公教育 - 学力・コスト・民主主義 (中公新書)
日本の公教育 - 学力・コスト・民主主義 (中澤 渉 著/中公新書/880円+税/261ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。
なかざわ・わたる●大阪大学大学院人間科学研究科准教授。1973年生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。東洋大学社会学部准教授などを経る。著書に『なぜ日本の公教育費は少ないのか』など。

エビデンスは多数派の傾向に過ぎないと指摘

評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎

個人だけでなく一国にとっても経済的成功には教育が重要というのは、今や広く合意された考えだ。教育を自己責任と捉え公的支出を抑えていた日本も、就学前教育や高等教育にこれまで以上の財源を割こうとしている。

本書は公教育の社会的意義について、様々な視点から論じたものだ。自らの成功体験から一家言を持つ人が多いが、今後の公教育の在り方を冷静に論じるには、本書のような客観的な論考が必要だ。

豊かになると質の高い教育を家計は欲するようになるが、公教育には普遍性も必要で、簡単には期待に応えられない。結局、教育志向の強い高所得家庭は私学を選択する。過去40年、公教育は常に批判に晒され、大きく変遷してきた。米英も事情は同じで、1970年代後半以降、低成長で財源が抑制され、競争主義や外部評価が入り込み、近年は標準化テストによる評価の時代が訪れた。教育も新自由主義の波と無縁ではなかった。

現在、米英では統計的データを基にしたエビデンスベースの政策が常識だ。政策の優先順位を明確にし、効果を最大化するには、日本でも導入が不可欠と評者は考えるが、本書は社会学の立場から、エビデンスはあくまで多数派の傾向に過ぎないと注意を喚起する。我々は公教育を通じ格差縮小を期待するが、社会の様々なところに既存秩序を維持する権力構造が潜むため、教育機会の表面的な拡大だけでは限界があると論じる。

大学教育の収益率を測定すると、私学の多い日本では、他国に比べ私的収益率が低く、財政的収益率は高い。優先度が高いのは待機児童解消など幼児教育の充実だが、大学教育についても、公的負担をもう少し増やし、授業料を下げることに一定の根拠があるという。また、統計分析から、低所得家庭に地元での進学機会を提供する地方国立大学の存在意義は大きいと論じる。

産業界は創造性に富む人材を期待する。ただ、求めるのは具体的にはコミュニケーション能力や主体性、協調性などであって、必ずしも高い専門性ではなく、日本特有のメンバーシップ型雇用に必要な能力だ。OECD調査では日本の学生の読解力と数学的思考力はトップで、上位と下位のばらつきも小さい。むしろ日本型雇用慣行が教育の成果発揮を妨げていると本書は疑う。教育は産業の派生需要であるから、まず産業界の変革が必要だと評者も考える。

教育は重要だが、魔法の杖ではないことも認識すべきだ。