【今週の眼】苅谷剛彦 英オックスフォード大学教授
かりや・たけひこ●1955年生まれ。米ノースウェスタン大学大学院博士課程修了、博士(社会学)。東京大学大学院教育学研究科助教授、同教授を経て2008年から現職。著書に『階層化日本と教育危機』『増補 教育の世紀:大衆教育社会の源流』『教育と平等』など。(撮影:尾形文繁)

高等教育の無償化が議論されている。その中で、自民党の教育再生実行本部が、授業料の後払い制度の提案を行った。大学などの授業料をいったんは国が代納したうえで、卒業後に学生が収入に応じて返済する仕組みである。所得を詳細に捕捉するマイナンバー制度を前提に案出された。もちろん、家計所得に応じて給付制の奨学金を組み合わせてもよい。自民党案はオーストラリアの制度を参考にしているが、英国でもすでに同様の制度が実施されている。

議論の流れを見ると、授業料無償化の対案として出てきた印象が強い。だが、無償化と後払い制を混同して論じてはならない。後者は、高等教育を日本社会にどのように位置づけ直すかという点で、根本的な原理原則の変更を含んでいるからである。

問題を整理するために、授業料を個人への投資と見ると、授業料完全無償化は、国家(税金)による個人への投資である。税による再分配だが、この場合、大学などに進学できない低所得の家計から、高所得の家計への再分配という不平等(逆進性)が生じる。他方、現行制度のように家計が負担する場合、授業料は親から子への投資=財産分与と見なせる。それが、所得によって高等教育の機会を制約していることは周知のとおりだ。