
自由な選択を可能にする理論装置を提供する
評者 北海道大学大学院経済学院教授 橋本 努
社会の制度設計のために、最近のゲーム理論がどのように役立っているのかをわかりやすく述べた好著である。
経済学を含めて従来の社会科学は、未来をできるだけ正確に予測しようとしてきた。これに対してゲーム理論は、正反対の発想をする。未来を予測すると、今度はその予測に人々が反応してしまうので、当初の予測は役立たなくなる。だから予測は確率論的に与えるにとどめて、別の方法で資源配分を最適化しようというのである。
たとえば米国では、テロリストの攻撃から主要空港を守るために、ゲーム理論が応用されている。テロ攻撃による「期待死者数」を最小化すべく、どの空港をどの程度警備するかについて、アルゴリズムを使って最適化するという。実際に人間の頭で計算するのではなく、コンピュータに任せて警備員を最適に配備する。いまやゲーム理論は、新たな制度デザインを提案するアートの役割を引き受けている。前例を重んじる悪しき官僚主義を打破するツールになるというわけだ。

著者がこれまで貢献した理論「アブルー・松島メカニズム」についても、わかりやすく解説されている。いま、貧困国の貧困問題を解決するプロジェクトに乗り出したとしよう。ところがどの地域が最も貧困であるのかについて、信頼できる情報がない。そうした状況下で、情報調査員たちにウソの報告をさせない制度は、設計可能だろうか。
著者らの理論によれば、最初にウソをついた人にわずかな罰金を科すだけで、論理的にはすべての調査員が正直に表明することが証明されるという。ただ実際に実験してみると結果は食い違う。人間は必ずしも理論通りには行動しないからで、理論をうまく制度に応用するには、時間がかかる。
たとえば、経済学者ヴィックリー氏が入札制度の基本デザインを提案したのは1960年代で、それが本格的に認知されたのは40年後のことだ。「アブルー・松島メカニズム」も、今後の応用可能性に期待できるという。
このほか、ゲーム理論が貢献した制度に、周波数の免許をめぐるオークションがある。OECDに加盟する先進諸国ではほぼ導入されたが、唯一、日本で導入されていない。日本は本当に自由主義の国なのか。ゲーム理論は不透明な寡占状況にメスを入れて、自由な選択を可能にする理論装置を提供する、というのが本書のメッセージである。