私立の灘、開成、麻布、武蔵、桜蔭などの入学偏差値が極端に高い難関中高一貫校では、中学入試の12歳の時点で、公立進学校の高校3年生の読解能力を持っているというのが、国立情報学研究所の新井紀子教授の見立てである。筆者は灘高校や武蔵高校・中学、筆者の母校である埼玉県立浦和高校の生徒たちと授業やインタビューで接触しているが、その経験に照らして、武蔵中学の生徒は浦和高校3年生の成績上位者と同程度の読解力を持っているという感触を得た。灘高校、武蔵高校のかなりの生徒は、筆者が東京大学教養学部の専門課程で教えていたのと同レベルの話をしても、十分に消化でき議論ができる。裏返して言うならば、こういう超難関中高一貫校の教育法は「読めばわかる」ということになるので、こういう教育法から読解力を養成するヒントは得られない。

ここで重要なのは、読解力がついていないところでアクティブ・ラーニングを行うことはできないというごく当たり前の事実だ。新井氏はこんな指摘をする。

〈近年、大学でも高校でも「アクティブ・ラーニング」の重要性が頻(しき)りに強調されています。アクティブ・ラーニングはご存知でしょうか。文科省の用語集では、「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習などが含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワークなども有効なアクティブ・ラーニングの方法である」と説明されています。「学修」という用語が文部科学省らしいところですが、文科省または中教審の基準では、高校までが「学習」で、大学は「学修」なのだそうです。

つまり、教えてもらうだけではなくて、自分でテーマを決めたり自分で調べたりして学習したり、グループで話しあったり議論したり、ボランティアや職業体験に参加したりというのがアクティブ・ラーニングだということです。〉(新井紀子『AIvs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社、2018年、234~235ページ)

アクティブ・ラーニングという教育の方向性は正しい。積極的な学習(学修)姿勢が身に付いていなくては、学知を現実の生活に生かすことができないからだ。しかしそれは、最低限、中学生レベルの読解力が身に付いているという前提の下でだ。