国民民主党の結党大会であいさつする共同代表の大塚耕平氏(左)と玉木雄一郎氏(共同通信)

新党の国民民主党が5月7日、旗揚げした。旧民進党と希望の党の多数派が合体し、両党の大塚耕平代表と玉木雄一郎代表が、そのまま新党の共同代表に就任した。9月に実施予定の党首選挙までの暫定措置である。

玉木氏はインタビューで、政権側の財務省による森友学園関連の決裁文書改ざんについて、「民主主義の根幹を揺るがす問題。国民は昨年の総選挙で実際の事態を知らないまま一票を投じ、その結果、安倍晋三内閣に権力が付与された。ある種、フェイク情報に基づくフェイク権力」と断じた。

今、総選挙をやり直せば、どうなるかわからないと言わんばかりの主張だが、連休前の4月25日、与党側からも衆議院解散論が飛び出した。麻生太郎副総理兼財務相の辞任や安倍首相の昭恵夫人の国会招致を要求して審議拒否を続けていた野党に対して、自民党の森山裕・国会対策委員長が「解散も一つの選択肢」と口にした。

自民党の二階俊博幹事長は、「今なぜ解散なのか。幹事長が知らない解散なんてない」と即座に打ち消した。だが、首相周辺からも、1966年の佐藤栄作首相による「黒い霧解散」を手本に、危機脱出のための解散・総選挙作戦を、という声が流れてきた。

52年前、就任2年目の佐藤首相は「黒い霧」と呼ばれた不祥事や政治不信事件の続発に遭遇した。虎ノ門国有地払い下げ事件で腹心の田中角栄幹事長(後に首相)の名前も取りざたされ、66年12月に幹事長を交代させた後、解散による中央突破戦術で危機脱出を図った。

67年1月の総選挙で自民党は議席微減に終わる。佐藤首相は危機を乗り切り、在任7年8カ月の戦後最長政権を実現した。