平成のエレクトロニクス産業の栄光と転落を象徴するソニーの元名物経営者が口を開く。

いでい・のぶゆき●1937年生まれ。早大卒。60年ソニー入社。オーディオ、ビデオ事業を担当後、宣伝担当役員。95年に社長兼COO。2000年会長兼CEO。05年に退任、06年にクオンタムリープを設立。(撮影:今井康一)

社会にインターネットという名の隕石が落ちた、それが平成だったように思う。特に私がソニーの社長に就任した1995年からの10年間は、インターネットを通じて、人やモノより先に情報がグローバル化するという大転換が起こった。

私がこの変化に気づいたのは、宣伝などの担当役員をしていた93年のことだ。当時の米国では、アル・ゴア副大統領の下で「情報スーパーハイウェイ構想」が始まっていた。コンピュータ同士を高速回線で結ぶことで、小売りと金融を新たな産業に発展させることが目的だった。CDプレーヤー事業などを担当し、デジタルになじみのあった私は、自分で作った社内シンクタンクのメンバーと米国へ視察に行き、衝撃を受けた。