報道の記事には齟齬(そご)がつきものだし、史料の文言にも、矛盾はまぬかれない。そこをつきつめて考え、正確な事実を復元するのが、われわれ歴史学の仕事である。いままで気づかなかった、知られなかった因果関係を自分の眼でつきとめたときのうれしさは、何物にも代えがたい。

データの真偽を判別し、素性を洗いなおし、それが語りうる範囲をみきわめる史料批判(テキスト・クリティーク)は、基本中の基本である。そうはいっても、物事は基本ほど難しい。最も時間を費やす作業でもある。食い違いの存在に気がつき、細心の注意を払ったにもかかわらず、その正体がわからないまま、足をすくわれることも少なくない。

現実の動きが速すぎる

日本列島の目前喫緊の問題は、何といっても朝鮮半島情勢。こうした史料批判の観点からすれば、この半島問題は難題である。データ・テキストの齟齬・矛盾が多すぎて、また大きすぎて、どこに真実があるのかわからない。

たとえば熱狂のうちにおわった平昌(ピョンチャン)オリンピック。始まる前は施設整備も遅れ、期待度も低く、あまつさえ北朝鮮危機の高まりで、開催すら危ぶまれていた。

韓国の新聞を眺めていると、オリンピックの「南北共催」に大反対しているかに見えた。保守派の煽動目的の偏った報道とも仄聞(そくぶん)しながらも、そうした動きがあった事実は厳存するから、その前提や結果を評価、解釈しないわけにもいかない。左派・政権がどう対抗するのか、そうした党争のありようをじっくりみなおそうと思っていた。