4月18日、辞任を表明し頭を下げる財務省の福田淳一事務次官(共同通信)

どうやら深刻な崩壊が起こりかけているようだ。

文科省、防衛省、厚労省と、文書の隠蔽やリーク、データ隠しが立て続けに発覚した。財務省では、国税庁長官の辞任だけでは済まず、ついに事務次官が記者へのセクハラ疑惑で辞任に追い込まれるという事態に立ち至った。とりわけセクハラ疑惑は、財務省幹部のオウンゴールである。

自ら墓穴を掘るという財務省の体たらくが、現在の政権、とりわけ官邸の危うさを象徴している。ひそかに進行する「崩壊」である。

思い返すと、第1次安倍晋三政権の末期は、「官邸崩壊」などと叫ばれていた。官邸スタッフが相互に疑心暗鬼となり、政権の中枢も暴走し、事実上制御不能となっていた。現在、官邸スタッフが当時ほどバラバラだとはいえないだろう。ただ、致命的なリークの続く今、制御不能なのは各省の現場である。制御を試みても徒労に終わっているのは、第一義的には各省幹部であるが、その背後にある官邸も壁に直面している。人事権を官邸が行使し、意に沿う人物を各省幹部に据えても、事態が解決しないどころか逆効果だからである。政権のガバナンスに対する現場の不信が著しい。

適正な人事とは何か。省の主張を官邸に対して論理的に説明し政策論争を行える幹部を、官邸が登用することだ。その幹部は官邸に対して正論を主張できると各省内でも信頼されている人物であるべきである。

そうした幹部ならば、官邸との政策論争が多角的な観点で行われるものになるであろう。個々の論点について予想される批判に対し、政策の文脈に即した合理的な反論を用意しておくことが必要だ。