「サラリーマン」(会社・銀行などの月給取り=職員)という和製英語が登場したのは、大正時代のことである。しかし、当時のサラリーマンは現在とは異なり、庶民階級とは生活も学歴も一線を画した「中等階級」だった。

大正時代の売れっ子漫画家、北沢楽天は、「サラリーマンの天国」「サラリーマンの地獄」という漫画(下図)の中で、当時のサラリーマンの日常を描写している。「天国」は「上役のるす」「出張」「タイピストと散歩」などで、「地獄」のほうは「ラッシュアワー」「決算期」「洋服屋の姿を見たとき」などが挙がる。 

今に通じる話もあるが、「洋服屋の姿を見たとき」は時代を感じさせる。サラリーマンが着た背広(スーツ)はたいへん高価なもので、大正時代半ばで1着25~30円もした。当時の東京帝国大学法科(現、東大法学部)卒社員の初任給の半分以上もしたのである。大概は月賦(ローン)で購入するのが常だった。したがって、洋服屋が勤務先の会社に取り立てに現れるときが「地獄」ということになる。

ちなみに当時の庶民のほとんどは和服で、足元は下駄、農民であれば草履である。背広と革靴姿のサラリーマンは、それだけで目立つ人々だった。